「教皇の現実主義」は中国では通用しない

ローマ・カトリック教会の総本山バチカンと中国共産党政権は22日、両国間の司教任命権に関する暫定合意を4年間延長すると発表した。バチカンと中国政府は2018年9月に司教任命の手続きに関する暫定合意を締結したが、同合意は2年間の有効期限が設定されており、2020年と2022年にこれまで2回延長されてきた。そして今回、両者はその有効期限を倍の4年間に延長することで合意した。なお、この合意の正確な内容は引き続き非公開となっている。

2018年、中国河北省にある村の教会の写真(バチカンニュース独語版2024年10月22日から)

バチカンは同日、「中国国内におけるカトリック教会の利益と、中国国民全体の幸福を見据えた二国間関係の発展を目的とし、中国側と尊重的で建設的な対話を継続していく」と強調している。バチカンは毛沢東が1951年、バチカンの最後の外交官を国外追放して以来、中国とは国交関係がない一方、台湾とは外交関係を維持している。なお、中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉②台湾との外交関係断絶―の2点を挙げてきた。

中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産政権と一体化した「中国天主教愛国会」が行い、国家がそれを承認してきた。一方、ローマ教皇に信仰の拠点を置く地下教会の聖職者、信者たちは弾圧され、尋問を受け、拘束されてきた。その期間が長く続いた。

バチカンは司教任命権を主張し、「天主教愛国会」任命聖職者の公認を久しく拒否したが、2018年9月22日、中国側の強い要請を受けて、愛国会出身の司教をバチカン側が追認する形で合意した。暫定合意(ad experimentum)はバチカン側の譲歩を意味し、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出した経緯がある(「バチカンが共産主義に甘い理由」2020年10月3日参考)。

バチカンと中国共産党政権間の暫定合意の延長は今夏頃から囁かれていたが、これまでの2年間の延長ではなく、4年間と延長期限を倍にしたわけだ。すなわち、4年間が終わる2028年には暫定合意が10年目を迎えることから、バチカンと中国側は暫定合意から「暫定」を削除して、正式合意とする交渉が既に出来上がっているのではないか。

フランシスコ教皇は9月13日、中国側との対話について、「私は中国との対話に満足しており、その結果は良い。特に司教の任命についても、私たちは善意を持って協力している」と満足を表している。それに対し、欧米諸国では中国の人権蹂躙、民主運動の弾圧などを挙げ、中国批判が高まっている時だけに、バチカンの中国共産党政権への対応の甘さを指摘する声が絶えない。

それを意識してか、バチカンの情報サービス「フィデス」は「事実に基づいてみると、教皇の判断はキリスト教的な現実主義の結果だ」と分析している。なぜならば、フランシスコ教皇の言葉を正しく評価するためには、いくつかの最近の事実を把握する必要があるというのだ。

既に、9月のコラムで記述した内容だが、2018年9月22日、暫定合意が署名されて以来、中国側の全てのカトリック司教は教皇と完全で公然とした階層的な交わりがあり、1950年代後半から中国のカトリック教徒の間で深刻な亀裂を生じさせてきた不法な司教叙階はない。過去6年間で、中国では9人の新しいカトリック司教が叙階された。同期間、中国の政府機関の手続き外で叙階された8人の「非公式」司教も北京の政治当局からその承認を得た。

2018年と2023年には、中国から2人の司教がローマで行われた司教会議に参加した。これまで数十年にわたり、中国本土の司教が第二バチカン公会議や司教会議の総会に参加することはできなかった。また、中国本土のカトリック教徒のグループがリスボンで行われた世界青年の日に参加した。中国の巡礼者たちは、タイ、モンゴル、シンガポールでの使徒的訪問中に、ローマで教皇と会った。数名の中国司教はヨーロッパやアメリカでの会合や会議、教会の交わりの場にも参加した。要するに、何十年もの間、分裂していた教会共同体内で和解のプロセスが見られ出したというのだ。

過去2年間で問題が生じなかったわけではない。2023年4月にジョセフ・シェン・ビン司教が政府当局の命令で上海に移されたことがあった。しかし、3カ月後、フランシスコ教皇はシェン・ビンを上海司教に任命し、海門司教区から転任させることでこの問題を解決した。5月21日、シェン・ビン司教は、教皇庁立ウルバニアナ大学で行われた「最初の中国会議(1924-2024)」100周年記念会議で、教皇庁国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿とともに講演者の一人を務めた。これは、中国人司教がバチカン主催のイベントで講演者として参加した初めての機会だった。最近では、周村教区の司教であるジョセフ・ヤン・ヨンチャン司教の杭州教区への移動は問題なく行われた。これは、司教の転任についても聖座と北京の間で確立された対話のプロセスが機能していることを示す(以上、バチカンニュース独語版から)。

ちなみに、バチカンのナンバー2、国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿は2018年2月、イタリア代表紙ラ・スタンパとのインタビューの中で、「バチカンは中国の国家機関の改革を要求する考えはない。大切な点は信仰だ。バチカンは中国共産党政権といつまでも対立関係を続けていくことはできない」と述べたことがある。バチカン側は中国共産党政権に対するフランシスコ教皇の現実主義を擁護しているが、暫定合意で問題が生じた場合、バチカン側が最初に譲歩し、中国側の決定を受け入れることで問題を解決してきたパターンがほとんどだ。逆ではない。中国の地下教会の聖職者たちが心配する点はそこだ。

中国共産党政権の習近平国家主席は2012年に権力を掌握した後、「宗教の中国化推進5カ年計画」(2018~2022年)を実施した。「宗教の中国化」とは、宗教を中国共産党の指導の下、中国化すること(同化政策)だ。それは新疆ウイグル自治区(イスラム教)で実行されている。100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「天主教愛国会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている。中国共産党政権との対話では、‘キリスト教的な現実主義’がいつまでも通用することはないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。