どなたか内部留保は何が悪いのか教えてください --- 田中 奏歌

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冗談半分のタイトルではあるが、本気の疑問である。

最近、また内部留保が話題になってきているが、しかし、その意図がどうもよくわからないでいる。

巷で言われている個々の問題点がわからないのではなく、なぜ個々の問題の原因を内部留保だと言い続けるのかが、わからないのである。

年次別法人企業統計調査によると全産業の令和5年度の利益剰余金は601兆円になるそうである。この金額を指して多くの方が内部留保が600兆円を超えたと騒いでいる。経済評論家、オールドメディアだけでなく、左右問わず自民党から立憲民主党・社民党・共産党まで同じ考えの方が多いように見える。そのうえで内部留保に問題があるから課税しよう、という意見が先の総裁選でも今回の衆議院選挙でも何人かの方がおっしゃっている。中には内部留保の使途を明確にすべきという人もいた。

内部留保の問題点をネットなどで調べてみると、「企業が内部留保をため込むことで、本来使われるべきところに資金が回らず、人件費も投資もおろそかになり、景気が悪くなる(経済成長しない)」ということらしい。

一見、「内部留保」というちょっと胡散臭い言葉の響きからも、「なるほど」と思えるわけだが、ちょっとばかり経理をかじったものとしてはもやもやが残る。しかもネットで検索してみればわかるが、ちゃんとした発信元でも、内部留保を問題にするのはおかしい、というページがかなり多い。それなのに、いまだにそこらじゅうで内部留保を問題にする声が絶えない。

何故なんだろう。経理的におかしいことを誰もが言う、この現象の理由をどなたか愚かな私にお教えいただけないだろうか。

「内部留保」というのは会計学の専門用語ではないが、一般的には、ざっくりいうと貸借対照表の貸方の「利益剰余金」などを指すらしい。

この利益剰余金というのは、企業の過去の未処分の利益の積み重ねの金額のことであるが、なぜこれを問題にすることが経理的におかしいのかを理解するために、貸借対照表をおさらいさせてください。

会計学では、貸借対照表の左側(借方)はある時点(通常は決算時)の財産の明細で、右側(貸方)は左側の財産の原資(=出所)である、といわれる。つまり、企業活動の結果発生した利益と借金や資本金を、総額いくらくらい使ってある時点の全財産を手に入れたのか、を示したものが貸借対照表である。

この右側の原資は、左側の財産と総額では同額だが、各項目が1対1のひも付きになるものではない。両者の総額(左右の財産と原資の各総額)は一致するものの、お金に色はないので、どの元手がどの財産に使われたかは明確にはできない。

ここでいっている企業活動の結果発生した利益というのが、「利益剰余金」つまり「内部留保」で毎年の利益のうち処分していないものの積み上げである。

貸借対照表の仕組みを理解すれば、右側の内部留保がいかに大きかろうと、それは何かの財産に変わっていることがわかる。しかも利益剰余金(≒内部留保)が大きいことと、現預金が多いこと、は一致せず、投資の結果である固定資産が多いのかもしれないのである。

さらに、諸外国に比べて我が国の企業の内部留保の比率が大きいとか、また、近年急速に内部留保が増えたとか、の理由が、①日本の企業が諸外国の企業より利益を出した、②諸外国に比べて企業の経営を拡げるための借金をしなかった、③株主還元など(利益の処分)が諸外国に比べて少なかった、のどれかであろうこともわかるであろう(②は金額ではなく全体に占める借金の比率である)。

・・・ということは、内部留保が企業活動の結果であり、それを結果ではなく原因だとして悪者にするのは、この、①②③のどれかが問題だということになる。

②の借金や③の株主還元に手をつけろという主張であれば、内部留保が問題だというのは理解できる。ところが世間では、内部留保を何とかすれば日本はよくなる、といいながら①②③というより、現預金だとか、人件費だとか法人税だとか、が問題だといっている人の方が多い。なぜ問題点を誤魔化すのであろうか。

もちろん、個々の問題があるからそういう内部留保が増える結果になるというのはわかるが、そうだとしても、結果を対策するのではなく、その原因をつぶすべきである。なぜそうならないのかが理解できない。

ここまでいえば 私の疑問はご理解いただけたと思うのでここで論を終えてもいいのだが、それでも、「いや、内部留保が悪いんだ」という方がおられるような気がするので、少し長くなるが、問題点を順に見て、よくいわれる問題について「内部留保が原因」なのか、「内部留保を減らせば解決するのか」を考えていただきたい。

最初に、貸借対照表の左側(ある時点の財産)の問題点を見てみよう。

まずは現金・預金である。現預金が多いのであれば、「お金をため込みすぎだ、会社は現預金を使ってもっと企業活動に活かせ」ということを主張する方がいるかもしれない。現預金が多かったことでコロナ禍の収入減に対応できた会社が少なくないことを思えば、議論の余地はあるが、意見としてはおかしくはない。が、それなら「現預金が多すぎるのは問題だ」と言えばいいのである。

内部留保の問題点を解説しているものを見ると、「内部留保が多い」=「お金が余っている」と混同して解説しているものが多いように思う。なぜあえて混同するのだろうか。両者は一致しないのに・・・これでは問題点が見えなくなる。

「現預金に課税しよう」という正直な意見もある。ある意味、主張としてはもっともであるが、しかし、そういった意見の人の中にも、なぜかその理由として、内部留保が問題だから、とこれを悪者にしている方が多い。

次に固定資産を考えてみる。固定資産が多いとすれば、それが適切なものかどうかは別として、企業のお金が設備投資に回っているということであろう。これは少なくとも国内で有効に投資されている限りは内容にはよるものの、大きな問題があるような気がしない。もしそれが海外への投資であれば、国内産業の空洞化の観点から、「海外への投資が多く国内投資が少ないのが問題」と言えばいい。

株式(=有価証券)保有はどうだろう。政策保有株式(いわゆる「持ちあい株式」)が多いとすれば、資本効率や企業ガバナンスの観点から「株式保有が多すぎる」と言えばいい。

これらの財産について、個々に問題点はあるかもしれないが、無駄な財産を持っているとしても内部留保の金額が多いことが原因だと決めつけるのは絶対におかしい。これらの財産は内部留保だけではなく借金でも調達可能であり、個別に問題点を検討すべきである。しかしそうではなく、なぜか内部留保が一番問題らしい。

では次に、内部留保≒利益剰余金とされているので、利益について考えたい。

売り上げから経費や税金などの費用を除いたものが利益であり、配当などの利益処分がされた後の毎年の利益が積み重なったものが利益剰余金、すなわち内部留保である。

ここでいう費用でよく問題になるのは、人件費であり法人の所得税である。これらは、利益の出方を説明する損益計算の項目であるが、先に述べたように利益が出て利益処分がされたあとに初めて利益剰余金(≒内部留保)となるので、「人件費や法人税の問題」=「内部留保の問題」ではない。内部留保は「黒字になった」という結果である。

そのうえで、人件費が少ないことが問題であるとするならば、「人件費を増やすべきである」とそこに絞って言えばいい。

また、法人税が少ないことが問題なら、「法人税をあげるべきである」とそこに絞って言えばいい。

さらにいえば、人件費や法人税ではなく、企業の利益が多すぎること自体が問題であれば「企業は利益を出しすぎなので、人件費や法人税などを増やして利益を減らすべきである」と言ってもいいだろう。立憲民主党をはじめ左翼の政党やオールドメディアの主張はこれだろう。

しかし、人件費や法人税を増やして「利益が減っても」、内部留保の「増え方は減る」が、赤字にならない限り(厳密には配当などの株主還元などもしない限り)内部留保の「総額が減る」ことはなく、内部留保の積み上げは続くのである。

ある意味、「会社がきちんと儲かって成長している証」が「内部留保の増加」なのである。利益の増加の原因は内部留保の増加ではなく、内部留保の増加の原因が利益の増加なのである。内部留保を悪者にしても、利益増の説明にはならない。そこまでわかっているはずなのに、やはりこれらも、そうではなく、内部留保が問題らしい。

百歩譲って、これらの項目みんなが大問題だというとしても、その原因を内部留保でひとくくりにするのは意味不明であり、問題点が見えなくなるだけである。「内部留保を減らすこと」≠「これらの問題解決」なのに・・・。

現預金が大きいこと、人件費が少ないこと、海外投資が大きいことなどなど、が問題ならそういえばいいし、課税して税収を増やしたいなら、そういえばいい。そういっている人もいることはいる。しかし、すべてをひっくるめて内部留保を問題視する意味が私には理解できない。

ついでに言うと、内部留保に対する課税については、現預金への課税よりもさらに理由付けに無理があるが、財源という意味では可能性があるので主張すること自体は理解できる。

内部留保課税は企業の投資意欲をそぐとか、2重・3重課税である、とかいう問題点を指摘はされているが、前者は法人税率と同じく考え方(政治信念?)の問題だし、仮にこれを多重課税とみなしてもそういう税は他にないわけではないので、ここでは現預金課税と同じく、良い悪いは議論しなかった。課題として別途考えればいいが、ただ、内部留保が多いからという理由で課税する、というのは理解できない。現預金をほかに使うこと・税収を増やすことが目的ならそういえばいいのである。

カンタンに内部留保を減らすには、こういう個々の問題点を解決しなくとも、①赤字にするか、②配当を増やすまたは自社株買いをするか、でできるのである(比率を変えるには、借金をしまくるという手があるが、企業の税対策としては意味がない)。

私が経営者で内部留保課税が決定したら、たぶん、利益は頑張って出したいので、人件費や他の費用は気にせず、税金相当額だけ②をやるだろう。

しかし、内部留保を問題にする人が望んでいるのはそういうことなのだろうか?配当が少ないことや自社株買いを求めるなら、内部留保が大きいことを問題とすることはおかしくはない。しかしたぶん、多くの方は「配当を増やせ」と言っているように見えない。・・・かといって「利益を減らすだけでなく赤字にしろ」と言っている人をあまり見かけもしない。ほんとうになぜか内部留保が問題としか聞こえない。

しつこいようだが、経理的にみれば、先に挙げたような項目について内部留保という貸借対照表の右側を問題視するのは不自然であるにもかかわらず、あまりにも多くの、経理を熟知されていると思われる専門家と称される方々や政治家、オールドメディアが、「個別の問題点をさしおいて、内部留保が大きいことが問題だ(つまり原因よりも結果が問題なので結果を先に対策しよう)」という理由が私にはわからないのである。

なぜ、個々の問題という原因を差し置いて内部留保という結果の対策を訴えるのか、を私の悪い頭で無理をして邪推してみたが、こんなことなのだろうか。

ひょっとしたら、内部留保を悪者にする人はそういう理屈はわかったうえで、①「もっと株主を儲けさせたい」と考えているか、②「今の日本の企業は儲けすぎなので大企業は赤字にしてつぶせばいい」し、③「儲かっているならもっと税金を払え」と考えるけれども、庶民の味方を装う都合上、あからさまに「配当を増やせ」「赤字にしろ」または「税収をとれるならどこからでも取れ」とは言いにくいので、素人的には「悪」の響きのある「内部留保のためこみ」と偽って目的を果たそうとしているのだろうか(右側の人は①、左側の人は②、③は両翼の人もいいと思っているのだろうな)。

しかも、そのうえで、「内部留保を批判しておけば正義の味方を演じられるし、経済通のようにも見える」という人気取りの側面を意識しているのだろうか。そうであるならば、あまりにも国民をバカにしたものだとは思うが・・・。

政治家にせよ、経済評論家にせよ、内部留保そのものを問題にする人たちを私はあまり信用できなくなってきた。

・・・ということで、「個別の問題の原因は内部留保だ、それを減らせば解決できる」となぜ言い続けるのかを、頭の悪い私にどなたかお教えくださいませんか。

田中 奏歌
某企業にて、数年間の海外駐在や医薬関係業界団体副事務局長としての出向を含め、経理・総務関係を中心に勤務。出身企業退職後は関係会社のガバナンスアドバイザーを経て、現在は隠居生活。