米国を襲う新たなアヘン戦争:合成麻薬フェンタニルと中国・メキシコの影

フェンタニルの効力はヘロインの50倍

かつてイギリスが中国の清朝へインド産アヘンを輸出して茶の支払いに充てていた。これによって清朝の民の間でアヘンの吸引が流行し、それが清朝の崩壊に繋がったという歴史がある。現在の中国はあの時の復讐であるかのごとく、これと同じ手を使って米国に合成麻薬を流布させて米国の崩壊を図ろうとしている。

その合成麻薬とはフェンタニルと呼ばれるものだ。その威力はヘロインの50倍、モルヒネの100倍とされている。米国で2020年に合成麻薬による過剰摂取で9万1799人が死亡しているが、その内の凡そ7割がフェンタニルによるものであった(スペイン・ナバラ大学研究論文から引用)。そして米国では致死者が年々増加している。

麻薬組織シナロアとハリスコが原材料の独占輸入

フェンタニルの原材料は中国で生産され、その内の8社の化学企業がメキシコの二つのカルテル(麻薬組織)に独占的に密輸出されているとされている。この二つのカルテルとはシナロア(Sinaloa)とハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン(CJNG、以後、ハリスコと記載)である。

メキシコにはカルテルが50以上あるが、シナロアとハリスコが最大規模で、この2つのカルテルがその原材料を中国から密輸入し、それをメキシコ国内で合成してフェンタニルという合成麻薬を生産している。その9割以上を米国に密輸出しているというわけだ。

尚、生産キャパはシナロアの方がハリスコを遥かに凌いでいるとされている。しかも、シナロアは2012年からフェンタニルの生産を始めたとされている。現時点ですでに米国50州の全域でフェンタニルが販売されている。

メキシコの大統領がフェンタニルの生産を否定

合成麻薬、さらに一般の麻薬においても最大の消費国である米国は、隣国のメキシコに麻薬の取り締まりに協力するように要請している。特に、フェンタニルが米国で年々消費が増大している現状を前に、先月任期満了で退任したアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(以後ロペス・オブラドール)前大統領に取り締まりの協力を米国は要請して来た。しかし、彼はそれがメキシコ国内で生産されていることを否定して協力を拒んだ。

ロペス・オブラドール氏はメキシコで初めて左派系の大統領として登場した人物で、ポピュリストであり、カルテルとの対峙をできるだけ避けようとした人物である。だから、彼の政権下でカルテルの動きを取り締まることなど全く期待できなかった。しかも、米国の麻薬取締局(DEA)は彼がカルテルの影響下にあったと指摘している。

DEAはメキシコにも局員を派遣しており、メキシコ国内でのカルテルの動きについて十分なる情報を持っている。だから、シナロアとハリスコがメキシコ国内でフェンタニルを生産しているという確かな情報を掴んでいる。ところが、ロペス・オブラドール氏はそれを常に否定。またDEAはその証拠を同氏に見せることも避けた。というのも、その情報を彼に伝えると、それがカルテルに流れるからであった。

10月から新大統領として登場したクラウディア・シェインバウム氏はメキシコで初めて女性大統領として登場した。しかし、彼女からは米国との麻薬密売の件で協力を得ることはロペス・オブラドール前大統領と同じように難しいであろう。なぜなら、彼女はロペス・オブラドール氏の子飼いの政治家で、彼と異なった政治を行うことは先ず期待できないからである。

麻薬組織シナロアとハリスコについて

この2大カルテルについて次に説明しておきたい。

シナロアの誕生は1960年代に遡る。ペドロ・アビレスという人物が創設したカルテルだ。1970年代に麻薬への取り締まりが強化され、当時はまだカルテルが警察や軍人、政治家などと癒着しておらず、彼はメキシコ軍隊と1978年に交戦して死亡。その跡を継いだ2人の人物が米国市場を開拓。メキシコと米国との国境にトンネルを建設したり、小型飛行機が着陸できる滑走路を米国内に建設。そのひとりがDEAによって逮捕された後、その後継者となったのが通称エル・チャポと呼ばれているホアキン・グスマン氏だ。

彼がメキシコで最大のカルテルに育てた。その背景には主に麻薬や武器などの密売した資金力で警察、政治家、高級官僚、判事らを賄賂で味方につけたことである。また、フェリペ・カルデロン元大統領の政権時に彼はライバルのカルテルの情報を政府に流し、政府は彼らを取り締まる。その代償として、シナロアの販路拡大には大目に見ていた。

シナロアは現在まで米国の麻薬市場の6割を制しているという。またシナロアに従事している人の数はメキシコ国内だけで17万5000人いると推察されている。またシナロアのメンバーは5万人いるとされている。

エル・チャポは現在米国の刑務所に無期懲役で服役中だ。彼の4人の息子がまとまりなく活動しているが、その一人もDEAによって逮捕された。またエル・チャポの番頭であったエル・マーヨことイスマエル・サンバダもつい最近米国で逮捕された。

ということで、シナロアの勢力に幾分陰りが見えている。その隙間を縫ってこの10年余りで急成長しているのがハリスコである。

ハリスコの創業者はメネシオ・オセゲラという人物で通称エル・メンチョ。現在、DEAが最優先しているのがエル・メンチョを逮捕することである。その為に懸賞金として1000万ドルが提供されている。彼はメキシコ国内で潜伏中だが人工透析をやっており療養中だとされている。

彼はメキシコから不法移民として米国に入国し、麻薬の密売で逮捕され一度収監された。その後、メキシコに戻り警察官にもなった。そこで軍隊式のしつけを覚えたのか、ハリスコのメンバーはメキシコのカルテルの中で最も狂暴だとされているが、また軍隊式の規律が最も守られていると評価されている。エル・メンチョの統率力が高く急成長している。

エル・メンチョはシナロアと協力していたカルテルでミレニオと呼ばれている組織で活動していた。ミレニオの創業者の二人が去ったあと、このカルテルは分裂状態にあったが、それをまとめたのがエル・メンチョであった

。彼の息子の一人エル・メンチートがDEAによって逮捕された時にその通報をやったのがシナロアだとしてエル・メンチョはシナロアを敵のように見なしている。それもあって、エル・メンチョはシナロアの密売市場に割り込んで戦いを挑んでいるというのが現在の姿だ。

フェンタニルの原材料の密輸出に協力しない中国政府

米国政府は中国政府に対し、フェンタニルの原材料を生産している化学メーカーにメキシコへの密輸を控えさせるように要請している。しかし、中国政府は表向きは協力する姿勢を見せてはいるが、実際にはそれは実行されていない。実際、年々メキシコから米国に密輸されているフェンタニルの量は増加しているからだ。

おまけに、メキシコではそれを錠剤のようにして密売しているのでより販売し易くなっている。しかも、メキシコから米国に密輸するには地下トンネルやメキシコから米国に量多く輸出されているアボガドの荷物の中で入れて送っている。錠剤しているのでボリュームも小さく輸出商品の中に混ぜて送るのは容易だ。しかも、通関の検査官なども賄賂を与えて通関も容易にしている。

今のところ、フェンタニルの米国市場への密輸入を減らす手段は全くないといのが現状である。。しかも、フェンタニルを他の麻薬と混ぜて服用することも流行している。ということで、これからさらにフェンタニルの過剰摂取による死亡者が増えることは否めないであろう。