「上げ底」に敏感な顧客と鈍感なセブン&アイ

関谷 信之

セブン&アイの設立者である故・伊藤雅俊氏は、イトーヨーカドーで買い物をすることが多かったらしい。

ある日、天ぷらの材料にキスを買う。揚げてみると驚くほど塩辛い。店に問い合わせると「塩辛いのは、塩水解凍だから」だという。またある日、アジの干物を買ってみる。食べると、味が今一つ。店に聞くと「味が落ちるのは、天日乾燥ではなく電気乾燥機だから」だという。

これは答えではなく言い訳だ。

伊藤氏はこう断じる。こんな塩辛いキスを買った客は、二度とその店で買ってくれない。理屈をこねるのではなく、塩辛いキスや美味しくない干物を食べた客がどう感じるか、想像できる豊かな感性が必要である、と。

では、これはどうだろう。「弁当が上げ底」というネットの指摘についての回答である。答えているのは、セブン‐イレブン・ジャパン社長の永松文彦氏だ。

「電子レンジで温めたりするアレがありますから。多少は(弁当に傾斜が)ないとダメなんですよ。じゃあ、スーパーとか他のところ見てご覧なさいよ。どっちが上げ底かと。あれはルールで、何パーセントって決まってるんですよ」

「本当にそうなってました? 上げ底になってましたか? 他と比べて本当にセブン-イレブンが上げ底になっているのかって言うのをご覧になりましたか? なってませんでしょう?」

セブン社長に「上げ底弁当」疑惑を直撃「そんなアコギなことはできない」「ネットに投稿する方は、事実をもって投稿してほしい」 | 文春オンライン

上げ底ではなく、レンジで温めるための傾斜。ルールがあるから、上げ底にするわけがない。間違っているのは客の方、と言わんばかりの回答だ。理屈でいえばそうかもしれない。だが、客はこの商品をどう思ったのか。この回答をどう受け取るか。それらを想像する感性に乏しくないか。

上げ底が話題になるのは、顧客が弁当の量に「敏感」になったということ。コスパ意識が高まったことを意味する。それに気づかず、このような回答をしてしまうほど経営陣は「鈍感」だった。結果、価格対応が遅れ、セブンイレブンは

「コスパが低い」

と、印象付けられてしまった。客数は減り、来店頻度も低下した。直近3か月(6~8月)の既存店売上は3か月連続の減少。対して、競合のファミリーマート・ローソンは3か月連続で増加している。「コスパ」の印象が明暗を分けた形だ。

【売上対前年比】
セブンイレブン  6月:0.5%減、7月:0.6%減、8月:0.2%減
ファミリーマート 6月:2.9%増、7月:1.6%増、8月:1.2%増
ローソン     6月:4.6%増、7月:2.7%増、8月:2.0%増

(各社月次情報より ファミリーマートは営業実績 日商)

現在、セブンイレブンは、お手頃価格を訴求するプロモーション「うれしい値」を展開している。だが、サンドイッチはひっくり返して具の量をチェックしたくなる。弁当は手に取って上げ底具合を見たくなる。ネットで植え付けられた印象を覆すには時間がかかりそうだ。

では、今後のセブン&アイはどうなるか。国内コンビニ事業(セブンイレブン)、スーパー事業(イトーヨーカドー)、海外コンビニ事業(7-Eleven, Inc.)について考察してみよう。

筆者撮影

成長が望めない国内コンビニ

国内コンビニの成長は望めない。フランチャイズオーナーが減っていくからだ。

セブン&アイは、国内コンビニ事業(CVS事業)戦略について、決算説明資料(2024年度 第2四半期)にて以下のようなプランを提示している。

1.お手頃価格キャンペーン“うれしい値”による「客数増加」
2.カウンター商品(レジ横のファストフード)の拡大による「粗利改善」
3.7NOW(お届けサービス)の拡大による「粗利改善」
(※「様々な仕掛けにより来店頻度向上を図る」は具体案ではないので省略)

これらのプランは、セブンイレブン(本部)の利益を増加させる一方、フランチャイズ店(加盟店)の利益を減少させる可能性が高い。

まず、1つ目の“うれしい値”は利益率が明らかになっていない。「客数」が増えたとしても、コスト(本部からの仕入額)削減をせず、売価だけを下げれば、加盟店は利益減となる。

2つ目の、カウンター商品拡大は、加盟店の「粗利改善」にならない。カウンター商品は「薄利」だからだ。あるコンビニオーナーの試算によると、100円の商品でも利益は2.5円程度(利益率2.5%)にしかならないという。本部が提示する利益率50%(うち半分=25%程度を本部に納める)と大きく異なる要因は、加工時間の扱いだ。

カウンター商品は、調理時間に加え、清掃・レジ打ちなど別作業から切り替えるための段取り替え時間が発生する。これら加工時間を加味すると、ほとんど利益は無くなってしまう。本部にとっては利益率25%の「高付加価値商品」でも、加盟店にとっては手間がかかるうえ利益がごく僅かの「低利益商品」なのだ。

3つ目の、配達サービス“7NOW”も「粗利改善」にならない。7NOWの人気10品目中、5つを占めるのが、アメリカンドッグなどのカウンター商品だ。上述した通り、カウンター商品は利益率が低い。低利益商品を、配達のためさらに増やせば、加盟店の利益率は低下する。

こうした負担増・利益減は、契約打ち切りを助長する。ただでさえ、高齢化で次回更新を躊躇する加盟店オーナーは少なくない。既存店は減少していくだろう。

では、新規出店はどうか。これも期待できない。まず、アルバイトが集まらない。カウンター商品を作りつつレジを打ち、レジを打ちつつ掃除する。やることが多すぎる。覚えることも多すぎる。これら情報が、SNSで拡散され、忙しいコンビニ店には、バイトがなかなか集まらない。当然、バイトよりキツいコンビニオーナーになろうという若者も出てこない。現オーナーは言う。

「若手の人は多分やらないと思いますし、自分も長くはやれないかなという危機感はあります」「今後10年後、15年後というのは正直コンビニを経営する人がいなくなるのではないかと」

経済産業省 新たなコンビニのあり方検討会|コンビニオーナーヒアリング

カウンター商品「お店で揚げたカレーパン」
セブン&アイプレスリリースより

イトーヨーカドーは完全に分離すべき

では、スーパーストア事業はどうか。セブン&アイ傘下での再生はかなり難しい。従業員たちの士気が低下しているからだ。要因は3つ。

1つ目は、イトーヨーカドー従業員たちが、セブン&アイの行った「雑な」そごう・西武売却劇を目の当たりにしていることである。

取引先への無配慮、現場への無理解、そして従業員軽視。ストライキを誘発させた挙句「ストに屈するのは時代錯誤」と発言する取締役までいたという。そんなトップのもとでやる気を出せる従業員はどれほどいるのだろうか。

2つ目は、さらなるリストラが予想されることである。

セブン&アイは、今期の決算説明で、スーパーストア事業(首都圏SST事業)の指標値に「労働分配率」を採用している。

労働分配率とは、営業総利益中どの程度を「人件費」が占めているかを示す指標である(※人件費÷営業総利益)。直近値は「39.1%」(24年第2四半期)。これを25年度までに約5%低下させ「34.0%」にすることを目標としている。

※ セブン&アイの計算方式。一般的には「人件費÷粗利(売上高総利益)を用いることが多い。

わざわざ「人件費」を分母とする労働分配率を用いるということは、人件費を下げることが目標、と考えるのが自然だろう。しかし、賃上げの流れに逆らい批判されることは避けたい。よって、個々人の給料は上げつつも、従業員数を減らす。つまり、さらなる「リストラ」を実施する可能性が高い、ということになる。

24年2月期のイトーヨーカドーをベースに算出した人件費削減額はおよそ「88億円」。平均給与及び一般的な平均給与比率を用いて計算すると、リストラ対象人数は1000人を超える(概算値 ※1)。

3つ目は、待遇の格差である。

24年5月、米セブンイレブン(7-Eleven, Inc.)の 取締役CEOジョセフ・マイケル・デピント氏の報酬が「77億円」だったことが報じられた。これは、日本で報酬開示が義務付けられて以降、2番目の高額報酬である。

加えて、セブン&アイ全体の今期決算の不振は、米セブンイレブン(7-Eleven, Inc.)の利益減が要因であることも報道されている。売上は増加したものの、利益(営業利益)は前期に比べ、第一四半期が「165億円」減、第2四半期が「230億円」減と、惨憺たる結果だった。

赤字事業の責任者に77億円の報酬を支払う一方(※)、赤字事業の従業員はリストラする。

(※ デピント氏の報酬は前期業績に基づくものであり当期は未反映)

「これは格差そのものだ」。イトーヨーカドー従業員たちは、心中穏やかではあるまい。もちろん、これは結果論であり感情論でもある。だが、「士気」は感情なのだ。

雑な事業売却。リストラ。待遇格差。セブン&アイ傘下で、ヨーカドー従業員たちの士気が向上する見込みは極めて低い。

よって、イトーヨーカドーは別会社のもとで再出発したほうが、成長が見込めそうだ。老舗スーパーだったユニーは、ドン・キホーテ(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)の買収後、わずか5年で1店舗あたりの営業利益を倍増させた。いまだファンの多いイトーヨーカドーならできるはずだ。

筆者撮影

株価対策だけでは足りない

最後に海外コンビニ事業(7-Eleven, Inc.)について。

先に述べた通り、状況は芳しくない。決算が振るわないのはフランチャイズ店舗が少ないからだ。

よって、フランチャイズ比率を上げ、海外コンビニを「日本化」することが課題となる。

海外コンビニの主力商品は酒とタバコとガソリン。顧客の多くは食料費補助支援(社会保障政策SNAP)の給付を受ける低所得者層だ。これらの顧客に対し日本の主力商品である「高付加価値食品」を売っていく。これが「海外コンビニの日本化」である。

これを、フランチャイズ化と並行して実現することは非常に難しい。今後のかじ取り次第では、セブン&アイ買収を仕掛けているアリマンタシォン・クシュタール社に足元をすくわれる可能性すらある。

買収を仕掛けられ、本気で事業構成を考えざるを得なくなったセブン&アイ。表面的な株価対策だけでは足りない。国内コンビニをどうやって維持するか。イトーヨーカドーとどのような関係を構築するか。海外コンビニをどうやって日本化するか。課題は山積している。

「上げ底弁当」時のような鈍感な対応ではなく、鋭敏な感性を持って取り組むことが求められる。

筆者撮影

【参考】

『ひらがなで考える商い』伊藤雅俊著/日経BP社
経済産業省 新たなコンビニのあり方検討会|コンビニオーナーヒアリング
セブン&アイのデピント氏、報酬77億円 日本歴代2位|日本経済新聞社
セブン&アイ決算説明会資料

【脚注】
※1
イトーヨーカドー24年2月期損益計算書をベースに営業総利益を粗利で代替し算出