「ポスト習氏、白紙の危うさ」:Nikkei Asiaのコラムを読んで

11月2日付けの日経新聞に表題のコラムが載っていた(原載は10月17日付けNikkei Asia ”Xi’s lack of succession planning risks China’s long-term governance”)。

筆者はアンドレイ・ルングというルーマニアの中国エキスパートと紹介されているが、私は初めて知った。

コラムの要旨は次のようなものだ。

中国では、かつて鄧小平が指導者の定期的な刷新と若手幹部の育成を重視してきたが、習近平政権下でこの方針が変わりつつある。

1990年代以降、世代交代は規則的に行われ、指導者は50代後半で登用され、60代後半までに引退する慣例があった。

しかし、68歳の定年制が撤廃されたことで、60年代生まれの第6世代は権力の座に就けず、第7世代の育成も不透明な状況である。

2022年の党大会以降、次世代幹部の選抜や経験積みが進まず、指導部の高齢化が懸念される。

特に、若手の経験不足や新しい技術と変化する国際情勢への対応力の欠如が、中国の政治的安定と発展に悪影響を及ぼす可能性がある。

この手の話を目にしたり聞いたりする度に思い出すことがある。2年前に出した拙著にも記したのだが、私が北京に駐在していた90年代の末、共産党の人事を司る党組織部の人が「文革世代は学歴がないので役に立たない、連中を早く引退させて下の世代(1960年~の生まれ)を引き上げるのが党の人事政策だ」と、会食の席で外国人の私に公言したことだ。

実際には、共産党が定年慣行を厳格に守ったおかげで、「役立たず」と言われ続けた習近平氏ら文革世代もスキップされることなく、トップの座に就くことができた。

しかし、習近平氏はトップに就くと、2018年に憲法を改正して、それまで「2期10年まで」とされていた国家主席の任期制限を撤廃した。68歳定年制や「自分の次のトップは指名できないが、次の次のトップを指名できる」といった慣行も反古にした。自分が3期、4期と長期に(或いは終身?)留任できるようにするためだ。

その過程で起きた「権力集中」はご存じのとおり、いま中国の役人は「学のない文革世代は役に立たない」などと口が裂けても言えなくなっている。

この結果、このコラムが指摘するように、中国指導者の世代交代が遅れ始めている。習近平氏がトップの座に就いたのは59歳のときだが、仮に2032年まで4期務めたところで引退し、下の1960年代生まれに後を継がせるとすると、後継者は70歳前後になる。

「そんな年寄りではまずい」と、1970年代生まれに後を継がせようにも、このコラムが指摘するように、その世代は2024年の現時点で未だ省の書記や省長のポストすら経験していない。そんな未熟者を2027年の第21回党大会で「5年後のトップ含み」で政治局常務委員に就かせるのか??

仮に習近平氏が2037年まで5期務めて84歳で引退するとすれば、そのとき75歳前後、日本で言えば後期高齢者に当たる1960年代生まれを新トップにするのか?「それはまずい」とするなら、1960年代生まれはスキップして、1970年代生まれが新トップに就くことになるが、そのトップだって、就任時には65歳前後の高齢者になっている勘定だ。

中国の世代交代の遅れは、単に年齢だけの問題ではない。習近平世代と一つ下の1960年代世代は、教養の有る無し、西側世界との距離など、育ち方がまるで違う。

もちろん文革世代の中にも、運良く質の高い教育を受ける機会に恵まれた人、20歳代も後半にさしかかったところで、1977年ようやく再開された大学入試の難関を潜りぬけて大学教育を受けた人もいる。しかし、世代全体として見ると、上や下の世代に比べて教養レベルが低い、国際経験も乏しい人が多いことは否定のしようがない。

そんな世代を中心として高齢化が進む中国の指導者層は、今後世界が大転変しそうな21世紀をうまく潜り抜けていけるように国を指導していけるのだろうか。

コロナ対策を巡る混乱や後手を引いてばかりの経済政策を見るにつけ、習近平政権の能力には不安を覚えることが増えた。そもそも「不文憲法」とも言われた指導者交代ルールを破ることがどんな結末を招くかを想像できない点がこの世代の至らなさだったという気もする。

しかし、ご当人たちは別の考えかもしれない。

「1977年に正常化した後の大学は『遅れを取り戻そう』とばかり、ひたすら西側の知識や思想を取り込んでいた。そこで西側由来の知識や思想が染み付いてしまった1960年代生まれの連中は、米国主導の国際秩序が破綻しようとしている今、国の指導者を委ねるには不適格だ。『西洋崇拝』の悪習を脱したもっと若い世代が育つまでは我々が国を守らないと・・・」とか。


編集部より:この記事は現代中国研究家の津上俊哉氏のnote 2024年11月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は津上俊哉氏のnoteをご覧ください。