ソマリアに及ぶアメリカの選挙の影

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ソマリアは、不思議な国である。その領土内の北部のアデン湾に面した地域にソマリランドとプントランドという二つの未承認国家を抱える。ロシア・ウクライナ戦争が続行中の時期であるだけに、2014年以降に未承認国家として存在していたドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国の未承認国家の事例も想起される。

ただ、旧ソ連圏に多々存在する未承認国家とは異なり、ソマリランドやプントランドは、中央政府に反旗を翻して分離独立運動が起こった結果として生まれたようなものではない。ソマリアの首都モガデシュとソマリランドの「首都」ハルゲイザの間には民間航空路線もあり、一定の交流もある。

1990年代初頭に多数の軍閥が闊歩する無政府状態になったソマリアにおいて、一定の国家機能を樹立した地域が生まれた。それがソマリランドであり、プントランドである。ある意味で、狭義の現在のソマリア連邦政府よりも国家機能を運営してきた歴史が長い。

首都モガデシュを中心とする地域を実効支配するソマリア連邦政府は、主権国家としてのソマリアを代表する。しかし領土内に未承認国家を抱ええているだけでなく、南西部ではアル・カイダ系のイスラム原理主義集団であるアルシャバブが浸透している。

ソマリア連邦政府は、アルシャバブとは長期に渡る交戦状態にあり、首都モガデシュを始めとする市街地におけるテロ攻撃も頻発している。アルシャバブを一網打尽にすることは著しく困難であるため、あるいはそもそもソマリア連邦政府を維持するため、2007年以来、アフリカ連合の平和活動ミッションが駐留している(当初はAISOM[African Union Mission in Somalia:アフリカ連合ソマリア・ミッション]・現在はATMIS[AU Transition Mission in Somalia:ソマリア移行ミッション]・2025年1月からAUSSOM[African Union Support Mission in Somalia])。

ソマリア連邦政府の実力は、現在もなお、自らを維持し続けるには、十分なものになっているとは言えない。

2006年にアルシャバブの前身であるイスラム法廷連合を首都モガデシュから追い払ったのは、隣国エチオピアによる軍事介入であった。現在でもATMIS構成軍事部隊の主力はエチオピア軍である。その他の兵力提供国は、ケニア、ウガンダ、ジブチ、ブルンジであり、近隣諸国の軍隊が、ソマリア連邦政府をアルシャバブの脅威から守り、その存在を支えている形となっている。

ソマリアの首都モガデシュ

ソマリアでは国連は側面支援の役割に徹しており、政治調整を支援する組織として2012年からUNSOM(UN Assistance Mission in Somalia:国連ソマリア支援ミッション)が、そしてロジスティクス面での支援組織として2015年からUNSOS (UN Support Office in Somalia:国連ソマリア・支援事務所)が活動してきた。

ATMISからAUSSOMに移行するのにあわせて、UNSOMは、今月2024年11月からUNTMIS(UN Transitional Assistance Mission in Somalia)となり、あと2年で活動を終了させる予定である。

ソマリアではAUSSOMなどに財政支援をしているEUの存在感もそれなりに大きく、多様な組織が分業体制をとりながら活動する「パートナーシップ国際平和活動」の最先端の一例となっている。

だが長期に渡るAUミッションによってアフリカ諸国にかかっている負担は大きい。すでにアルシャバブとの戦闘で数千人の戦死者が出ていると考えられている(AMISOM/ATMISの殉職者数は公式には発表されていない)。加えて一時期は2万人を擁し、現在でも1万2千人の規模を誇る兵力を維持する財政負担も大きい。

ソマリア連邦政府への権限移譲の大きな流れの中で、しかしAUミッションの完全撤退はアルシャバブの勢力拡大を意味する(アフガニスタンのタリバンのように首都を奪取する可能性も高い)と考えられており、現在のATMISの活動終了時期と定められた2024年12月末をにらんで、様々な外交折衝が行われた。

一つの大きな新しい仕組みは、2023年12 月21日に国連安全保障理事会が採択した決議2719で定められた内容である。この決議では、国連拠出金を、地域組織のミッションの予算に対して、75%を上限として、提供することができると定められた。誰もがこの措置の最初の適用例はソマリアになる、と考えている。ただしまだ公式には決定されていない。

国連PKOは急速な縮小の時代に入っており、過去10年弱で、その予算は3割以上減った。ミッション数も人員数も激減している。それを考えれば、AUミッションの予算の75%までの提供は、歴史的に大きな負担を国連加盟国に強いる、とまでは言えない。ただし非常に新しい試みであり、予算執行のルールに国連基準とAU基準が併存する点などを考えても、実験的な要素は多々ある。

しかも多くの人々がほぼ既定路線と考えた決議2719のソマリアへの適用について、有力な反対国が存在している。アメリカ合衆国である。アメリカは国連分担金の最大負担国として、予算措置の決定には重大な関心を持つ。AUミッションに国連分担金を用いる初事例だということになれば、アメリカがかなり警戒的な態度をとることは、想定の範囲内ではある。

だがさらに事情を複雑にしているのが、議会の動きだ。アメリカでは、大統領に国連に懐疑的なトランプ氏が就任することが決まっただけではない。上院・下院ともに一般に国連に懐疑的な姿勢が強い共和党が多数派となった。これによって、議会の動きの予測が、さらにいっそう厳しいものになった。現時点において、決議2719に基づくAUSSOMへの国連分担金の提供はまだ決定されておらず、関係各国の外交交渉による折衝に委ねられている。

1993年にソマリアで多数の殉職者を出した「ブラックホーク・ダウン」の歴史を持つアメリカは、ソマリアには大々的には関わっていない。ただしアルシャバブ掃討作戦に使われているドローンなどを、アメリカ人の軍事顧問らが動かしていることは、周知の事実である。

アルシャバブの勢力維持にはインド洋へのアクセスが関わっているが、フーシー派とつながっているという噂もあり、アメリカとしては治安情勢の観点から考えれば、AUSSOMの機能不全は利益にならないはずである。

だが地域情勢は、一枚岩ではない。アメリカと親密な関係にあるエジプトが、従来からのグレート・エチオピア・ルネサンス・ダム(GERD)問題をめぐるエチオピアと長年の対立関係から、ソマリア連邦政府に近づこうとしている。エチオピアがソマリランドとの間で2024年1月に結んだ協定が、将来のソマリランドの独立承認を含意する内容を持っているとして、ソマリア連邦政府がエチオピアを激しく糾弾したからだ。協定内容の修正がなされるのでなければ、エチオピア軍はソマリアから出ていかなければならない、という立場を、ソマリア連邦政府はとっている。

そこでAUSSOMからエチオピアを追い出された場合には、エジプト軍を派遣する準備がある、とエジプト政府が発表したことが、内外に大きな波紋を投げかけた。さらには、エジプトとソマリア連邦政府が、アフリカの北朝鮮と呼ばれるエリトリアに集まり、三カ国の協調体制を誇示する、といった「事件」も起こった。ティグレイ紛争の終結の仕方をめぐり、エチオピアのアビイ政権から、エリトリアのイサイアス大統領が離反した情勢が、ソマリア問題に飛び火したのである。

アメリカとエチオピアのアビイ政権の関係は、ティグレイ紛争中に悪化したままだ。エチオピアの地域における影響力の低下は、アメリカは気にはしないだろう。

だが実際には、アメリカが巨大な軍事基地を置くジブチは、エチオピアとソマリア連邦政府の関係悪化を憂慮している。バイデン大統領にアフリカにおけるアメリカの同盟国と言わせたケニアにとっても、エチオピアが不在のソマリア情勢は、不安視せざるをえないだろう。

ソマリア連邦政府関係者ですら、長年にわたってソマリアで軍事活動を行ってきた隣国の大国エチオピアの代替を、エジプトが務められるというイメージを持っているわけではない。

それでもアメリカは、AUSSOMに対する決議2719の適用に反対し続け、拒否権発動する構えで、国際的な平和活動の体制を動揺させるのか。

日本も、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の重要性を掲げている以上、「アフリカの角」ソマリアの情勢展開を、注視しておかなければならない。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。