ロシア軍がウクライナに侵攻して1000日以上が経過した。トランプ氏が11月の米大統領選で再選したことを受け、ロシアのプーチン大統領もウクライナのゼレンスキー大統領もトランプ政権発足を控え、少しでも有利な状況を生み出すために腐心している。プーチン氏はウクライナ東部・南部だけではなく、首都キーウにもドローン機やミサイル攻撃を実施している。
一方、ゼレンスキー大統領は2025年には戦争を終焉するという目標を掲げ、ロシアとの停戦交渉でも可能な限り有利な状況を維持する一方、最悪の場合でもウクライナ東部のロシア占領地を暫定的に譲り渡す代わりに、ロシアとの停戦境界線での安全保障を北大西洋条約機構(NATO)から得ることを考えている。状況は全て、トランプ政権発足後、具体化していくものと予想される。
ところで、戦争下にあるウクライナの首都キーウで昨年13店の新しい書店がオープンしたという。平時ではない、戦時下の中、キーウ市民は書店で本を購入して読んでいるのだ。新しい書店もオープンしてきた。警報サイレンが鳴り響く中、市民は地下のシェルターに避難する。サイレンが終わり、危険が過ぎると再び地上に顔を出して、日常生活を続ける。そのような中、いつ市民は本を買い、読むのだろうか。キーウ市民は飛びぬけて読書好きなのだろうか。どのような本を読んでいるのだろうか。
戦争はビデオの「ウォー・ゲーム」ではない。ミサイルが飛んできて頭の上で爆発するかもしれない。住んでいるアパートが破壊されるかもしれない。そんな危機的な状況にあってもキーウ市民は読みたい本を見つけて、読むわけだ。ウィーンなどでは、スマートフォンが広がり、本を読む機会が少なくなり、読書離れが広がってきた。閉鎖する本屋も少なくない。キーウ市民はそのトレンドの反対をいっているのだ。
キーウで昨年、13店の新たな書店がオープンしたという情報はウクライナの代表的作家アンドレイ・クルコフ氏がウィーン訪問時、インタビューの中で語ったものだ。同氏は戦争の日々、文学の重要性を指摘し、困難な時代における読書への愛について語っている。
ちなみに、クルコフ氏(63)はウクライナでロシア語を話す少数派に属し、現在もキーウに住んでいる。ロシアによるウクライナ侵攻以降、彼は自由なウクライナを目指す文学的な大使として活動し、現在の著作や講演では非常事態下の日常について語っている。ウクライナにおけるロシア語作家の一人で、ポストソビエト時代の社会をユーモアとシニカルな視点で描き、国際的な評価を得ている。
FM4ラジオとのインタビューの中で「この3年間、小説を書くことができなかったが、ここにきて再び散文などを書き出している」という。クルコフ氏の代表作品で国際的にもベストセラーとなった『ペンギンの憂鬱』の物語は1990年代、ソビエト連邦崩壊後の世界を舞台にしている。「その時代は経済的にも治安的にも非常に危険で、困難な時期だった。当時、ユーモアは非常に重要な役割を果たした。まるで薬のようなものだった。そして今日、状況はさらに悪化している。多くの人の気分が沈み、鬱状態にある。私は、そうした人々にとってユーモアが現代の困難を乗り越える助けになるべきだと信じている」という。
文学があなたや周囲の人々にどのように役立っていると感じるか、という質問に対し、クルコフ氏は「私自身にとって確実に役立っている。人々は小説を読むことが稀になったが、その代わりにウクライナの歴史や戦争、文化についてのドキュメンタリーや専門書を多く読んできた。また、詩も非常に重要な役割を果たしている。詩はすぐに朗読できたり、誰かに聞いてもらったりできる。詩は新しい感情的なエネルギーや、前向きなモチベーション、考えを提供してくれる。文学は現在のキーウで非常に重要な役割を果たしている。これが昨年キーウで13もの新しい書店が開店した理由だと思う」と説明している。
クルコフ氏は「私は自分の本の中で、ウクライナ社会、ウクライナの物語、そしてポストソビエト時代の歴史、人々や彼らの習慣について語っている。前作『グレーな蜂たち』では、占領地域、自由なウクライナ、併合されたクリミアの三つのウクライナを描いた。そして、人々が戦争をどのように捉えているかを描いた。最新作は1919年を舞台にしたシリーズで、ウクライナにとって非常に困難な時期、実質的に7つの軍隊が絡む内戦の時代を描いた。その戦争は100年前に敗北し、ウクライナが長くソビエト連邦に留まる原因となった。しかし、今回の戦争は異なる結末になると確信している」と述べている。
人工知能(AI)による情報提供によると、ウクライナ文学は長い歴史と豊かな伝統を有する文化的遺産の一部であり、民族的アイデンティティや自由への願望を中心に描かれる作品が多い。ウクライナ文学の父とされる19世紀の詩人・作家であり、ウクライナの独立運動の象徴的存在タラス・シェフチェンコやイワン・フランコの作品では、農民の生活、ウクライナの自然、歴史的な圧迫(特にロシア帝国やソビエト連邦時代の影響)が主要なテーマとなっている。その点、人間の普遍的な苦悩や哲学的なテーマが多く扱われるロシア文学とは異なっているという。
当方は「雪の降る日、人は哲学的になる」(2015年1月8日参考)というコラムの中で、「雪が降る日は特別だ。大雪で足が濡れるのはやはり嫌だが、それでも神秘的な雪の風景は何にも代え難いほど魅力的だ。視野を狭め、音を吸収する雪の降る日は人を否応なく哲学的にする」と書いた。キーウ市民は戦争下の閉塞した社会に生きて、地下壕で本を読む。閉ざされた空間にいながら、その思考は自由な世界を飛びかう。ロシア軍のミサイルや無人機もその自由な世界を破壊できない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。