オールドメディアが絶対に報じない損保業界の大罪

牧 功三
要点まとめ

日本の損保業界では、競争の欠如と利権構造が深刻な課題となっています。カルテルや談合は氷山の一角であり、特に防火基準やリスク分析の欠如が社会全体の安全性を脅かしています。一方、欧米の損保業界ではリスク軽減に向けた提案と科学的基準の普及が進んでおり、日本との差が際立っています。メディアや政治の無関心が問題を深刻化させています。

日本の損保業界の異常な商習慣

2024年10月31日の日本経済新聞の記事によると、企業向け保険で事前に価格調整していた問題で、東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険の大手4社および保険代理店の「共立」が公正取引委員会によって行政処分を受けた。

NHkより

カルテル・談合と認定された契約先はJERA、エネルギー・金属鉱物資源機構、京成電鉄、仙台国際空港、コスモ石油、シャープ、東京都、警視庁、東急の9件であり課徴金の総額は20億円を超えた。

カルテル・談合が行われたのが9件のみということはあり得ない。これらは氷山の一角であり実際はもっと広く行われているのではないか。また筆者が知るかぎりこれは新しい問題ではない。「護送船団方式」の頃から何十年も続いてきた異常な商習慣についてようやくメスが入るようになったということではないか。

金融業界における「護送船団方式」について知らない方も増えてきたと思われるが、これは1990年代半ば以前に銀行や保険会社が競争に敗れて潰れないように業界の全ての企業を保護して共存していこうという仕組のことである。

当時はどこの保険会社で保険に入っても保険料は同じで保障内容やサービス内容も同じという状況であった。日本における保険業とは参入障壁に守られた企業(その多くは旧財閥系企業)が競争とは無縁の中で独占的にビジネスを行う業界であった。

1990年代半ばに米国からの圧力によって保険自由化がされたが企業保険分野に関しては何も変わってこなかったということではないか。企業保険分野においては保険料や補償内容や付帯サービスでの差別化が図られないため、損保社員が顧客先企業の商品やサービスをどれだけ購入したかで契約が決まるという歪な競争が行われているとのことである。

大手損保は数十年も前から大学生の人気就職先ランキング上位の常連であるが、大きな夢を抱いて業界に入ってきた若い人たちが現実を知って幻滅するのは残念でならない。

日本の損保業界の大罪

筆者はリスクエンジニアとして欧米損保の企業保険の仕事を長年引き受けてきた。具体的には企業の工場、倉庫、事務所等において建物、消火設備、生産設備、用役設備、管理状況等を評価して損保には保険引き受けに関する情報を提供し企業側には改善を提案するという業務である。

損保業界には実際に発生した事故における損害データが集まることから、リスクの分析や改善方法の提案が可能である。欧米の損保業界がこの分野において果たしてきた役割として①リスクの分析および開示、②改善策の提案、③保険引き受け条件への反映がある。

一例をあげると①建物への可燃性が高い断熱材(とくに発泡ウレタンや発泡スチレン等)の使用による火災リスクへの注意喚起、②改善策として不燃あるいは可燃性が低い断熱材を使用することを提案、③可燃性が高い断熱材を使用している建物へ高い保険料率の適用といった具合である。

結果として保険を通して社会全体としてリスクを下げるような方向にインセンティブがはたらく。企業のリスクをどう判断するか、どうやって企業に改善を促すか、保険引き受け条件へどう反映させるかという点で損保各社に独自のノウハウがあり損保同士の競争がある。

日本ではほとんど知られていないが損保と防火の関係は深い。とくに工場や倉庫等の産業分野の防火基準は欧米損保業界がつくってきたと言っても過言ではない。

スプリンクラーを始めとした防火における科学的知見を提供してきたのが米国のNFPA(National Fire Protection Association:米国防火協会)とFM Globalであるが、NFPAは元々の成り立ちが米国の損保業界でありFM Globalは米国の産業界がつくった相互保険会社である。

この2つの防火基準は日本以外では世界中で広く使用されておりとくにNFPAは法規制として採用している国も多い。また他国においてはスプリンクラー設置により保険料が大幅に割引されるとのことで平均50%程度の割引とも言われている。

一方、日本の損保は顧客企業のリスクを分析することもなく改善策を提案することもない。保険を通して企業の経済的リスクを下げるという仕組み自体が存在しておらず、企業側にもそういった認識はない。筆者は今までに数十か国でリスクエンジニアの業務を行ってきた。日本以外の国々では経済的損失リスクを低減するための改善案の提案は重く受け止められるが、日本では「保険屋が何を偉そうに」となりまともに扱われることはない。

日本における消火設備は明治期に織物機械と一緒に英国から輸入されたとされている。最初は英国のFOC(Fire Offices’ Committee)という基準が採用され、後に米国のNFPAも併用されるようになった。

そうした国外基準が「違法」とされて排除されるきっかけが、1963年にできた消防検定制度である。しかしこの制度は法規制を根拠にした設備、資格、点検、講習等の関連ビジネスが第一の目的となっているというのが筆者の見立てである。国内消防法の基準は結論が書かれているだけで科学的根拠が不明であることが多く、消防関係者に説明を求めても法律の条文を念仏のように読み上げるだけで「何でそうなっているのか」についてデータや科学的根拠を挙げて納得がいく説明がされることはほとんどない。

社会全体のリスクを下げるという本来の使命を放棄して消防設備の利権構造を許してきたのが日本の損保業界である。欧米における消火設備と保険料割引、日本損保協会の算定会基準、日本の消火設備が非科学的な理由、消火設備の有効性や誤作動のリスクについては過去記事を参照されたい。

損害保険業界のカルテル問題:損保と防火の関係

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日本火災学会の対応

15年前、損保と防火の問題点について、ある方からの依頼で日本火災学会が発行する学術誌 「火災誌」に論文を寄稿して問題提起をしようとしたが、その内容がそのまま掲載されることはなかった。

当時、火災誌の編集委員会には国内大手損保の方が委員として入っておりその内容に対して猛反発したと聞いている。その他の委員の多くもその内容には批判的であった。「日本には日本のやり方がある」ということらしい。

ちなみに日本で防火の専門家とされる方々で、日本と他国のやり方が「どう違うのか」および「何でそれが正しいのか」をきちんと説明できる方は現在でも皆無である。防火において日本が特殊な状況にあるのであればきちんと情報を開示して国民にその妥当性を丁寧に説明するべきではないか。

筆者は15年以上前から大手メディア等にこの問題提起をしてきたが全く相手にされず、大手メディアがこの問題を全く報じないため99%以上の国民はこういった問題があることすら知らない。

紆余曲折はあったが、筆者の論文は「NFPAとスプリンクラー」というタイトルで2010年に日本火災学会 火災誌に学術論文として掲載された。ネタバレをするとこの論文はNFPAのウェブサイト内のいくつかの記事や報告書にあった情報を組み合わせて翻訳しただけのものであり、僅か数日で書き上げたものである。他国の防火関係者からすれば当たり前の内容であり、日本以外では絶対に学術論文にはなり得ないものである。こんなものが学術論文として認められること自体、日本の防火は異常な状況であることを認識するべきである。

政治の対応

筆者がこの問題提起を始めたのは2008年である。翌2009年に民主党への政権交代があり、当時住んでいた場所から徒歩数分の距離にあった民主党県連に何度か足を運んだが「話を聞いてやった」といった感じで非常に残念な対応であった。

選挙区選出の参議院議員の秘書にも話を聞いてもらったが退屈だったようで居眠りをされていた。実際、民主党が政権末期の2012年10月に行ったのは筆者の指摘とは真逆の対応であった。消防法違反者への罰則が強化されて違反時の懲役期間および罰金額が引き上げられたのだが、この法改正はむしろ利権の強化という面が強かったのではないかというのが筆者の考えである。

一方、NHKから国民を守る党からは質問主意書を計3通ご提出いただいた。うち2通は2021年に出されており、機械式駐車場における全域放出型二酸化炭素消火設備の誤作動に関連するもので、丸山穂高衆議院議員(当時)のご尽力によるものであった。

これが影響したかは不明だが、2023年4月に消防法施行令が改正され、質問主意書内で指摘した設備の誤作動防止のための閉止弁が義務化された。また2022年には開放型スプリンクラー設備に関して浜田聡参議院議員から質問主意書を1通ご提出いただいた。

さらに2022年には日本維新の会の計らいで消防法および消火設備全般に関して総務省消防庁予防課との意見交換をさせていただいた。

オールドメディアの欺瞞

2008年から現在に至るまで、この件に関して大手新聞やテレビなどの、いわゆるオールドメディアからは全く相手にされないという状況が続いている。京アニ放火殺人事件や大阪北新地ビル放火殺人事件など世間の注目を集めるような火災や消火設備に起因する事故等が発生した際は、オールドメディアにメールを送付して問題提起をしてきたが、まともに相手にされることはなかった。

非科学的な防火対策あるいは設備の誤作動によって、本来守れたはずの生命や財産が失われたり傷つけられたりしているのではないかというのが筆者の指摘であり、十分な根拠をもって指摘しているにも関わらず、オールドメディアは全く興味を示してこなかった。

例外として数年前に機械式駐車場における全域放出型二酸化炭素消火設備の誤作動による死傷事故が相次いだ際、ある大手新聞 社会部の記者から問い合わせがあった。その記者は行政や業界団体の説明に納得がいかなかったようで、筆者が丁寧に回答したところ「腑に落ちなかった部分が氷解した」とのことであった。それにもかかわらず筆者の回答が紙面に載ることはなかった。

オールドメディアの世界では批判していいものと批判してはいけないものがあるようで、損保業界や消火設備に関しては後者に分類されているようである。

一方、アゴラでは2017年から現在まで何度も記事を掲載していただいている。最初の記事は大規模物流倉庫火災に関するものであったが、このときの編集長は現在YouTubeでSAKISIRUチャンネルを運営している新田哲史氏であった。新田氏は元読売新聞記者とのことだが兵庫県知事選挙におけるオールドメディアの対応には批判的で現在壮絶な戦いの真っ只中にいるようである。

牧 功三
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、米国のコンサルタント会社等で産業防災および企業のリスクマネジメント業務に従事。2010年に日本火災学会の火災誌に「NFPAとスプリンクラー」を寄稿。米国技術士 防火部門、米国BCSP認定安全専門家、NFPA認定防火技術者