ルーマニア大統領選のやり直し選挙

ルーマニア憲法裁判所は6日、先月24日に実施された大統領選で不正があったとして選挙のやり直しを命じた。同国では8日、第一回投票結果を受けて首位となった親ロシア派の右翼ポピュリスト、カリン・ジョルジェスク氏と第2位のリベラル派の「ルーマニア救国同盟」(USR)所属のエレナ・ラスコー二氏との間で決選投票が行われることになっていた。

国連総会で演説するヨハニス大統領(2024年9月25日、ルーマニア大統領府公式サイトから)

泡沫候補者のジョルジェスク氏が第一位となったことを受け、他の大統領候補者から「ロシアの支援を受けた可能性のあるTikTokキャンペーンがあった」として選挙結果に異議を唱える声が出てきた。そのため、憲法裁判所は投票の再集計を命じ、選挙管理委員会が先月29日、票の再集計を実施した。しかし、再集計で問題が発見されなかったとして、決選投票が予定通り実施されることになっていた。それが6日に入り、憲法裁判所が「第一回投票に不正があった」として、「選挙プロセスの公正性と合法性を確保するために」として大統領選のやり直しを命令したわけだ。ちなみに、ルーマニアの最高防衛評議会は「ロシアがルーマニアの世論に影響を与えようとしている」と結論づけ、「民主的な選挙プロセスに対する攻撃的なロシアのハイブリッド攻撃だ」と指摘した。憲法裁判所が選挙のやり直しを急遽決定したのは、ルーマニアの諜報機関および北大西洋条約機構(NATO)諸国の諜報機関から、選挙プロセスに対する外部からの、特にロシアによる影響を示唆した情報があったからだという。

カリン・ジョルジェスク氏インスタグラムより

選挙のやり直しが決まったことに対し、ジョルジュスク氏は「クーデターだ」と批判。一方、ラスコーニ氏は「民主主義を踏みにじるものだ。国は無秩序に陥っている」と批判する一方、「ロシアのプロパガンダの無制限な拡散は深刻な問題だ。私たちはクレムリンの笑いものになることを許さない」とロシアの選挙介入を批判している。ラスコーニ氏は6日公表された世論調査ではジョルジョスク氏をわずかにリードしていた。それだけに、同氏にとっては選挙のやり直しは無念だったはずだ。

それに対し、大統領選で第3位に留まり、決選投票に進出できなかった与党社会民主党(PSD)マルチェル・チョラク党首は憲法裁判所の決定を歓迎し、「ロシアの選挙干渉に関する情報を考えると、選挙のやり直しは唯一の正しい決定だ」と述べている。

大統領選挙がやり直しとなったが、次期選挙の日程は未定だ。同国メディアによると、新たな大統領選は来年に入ってからだろうという。クラウス・ヨハニス現大統領は6日、テレビで国民に向かって演説し、「次期大統領が決定するまで暫定的に職務を継続する」と声明している。同大統領の任期は今月21日で終わる予定だった。

ところで、ヨハニス大統領は4日、ジョルジェスク氏の選挙成功がロシア主導のキャンペーンによるものである可能性を示す情報機関の文書を公開している。それによると、ジョルジェスク氏のTikTokでの人気は、選挙直前の2週間で急上昇しており、数千の主にTikTokやTelegramで活動するソーシャルメディアの「スリーパーアカウント」が、彼とそのプロパガンダを大規模に宣伝したためだという。また、選挙予算でもジョルジュスク氏は選挙広告に一銭も使用していないと語っていたが、実際はかなりの資金が投入されていた疑いが出てきている。いずれにしても、やり直し選挙で、ジョルジェスク氏が再出馬できない可能性が出てきている。

なお、ルーマニア大統領は主に儀礼的な役割を担うが、国内では道徳的な権威と見なされており、外交政策にも影響を及ぼす。また、新政権の形成においても重要な役割を果たす。

ルーマニアで1日、議会選挙(定数上院136、下院330)が実施されたばかりだ。ブカレストの同国選挙管理委員会によると、与党「社会民主党」(PSD)が2020年の前回比で約6.5ポイントを減らしたが、得票率約22.5%で第1党を維持した一方、極右政党「ルーマニア統一同盟」(AUR)が前回の9.1%から17.7%とほぼ倍の得票率を獲得して第2位に躍進した。欧州の政治は右傾化してきたが、ルーマニアでも同じ傾向が見られ出しているわけだ。総選挙後の新政権組閣が難航することが予想されている。

大統領選の決戦投票でジョルジェスク氏が勝利すれば、右派ポピュリスト陣営の政治家に新政権組閣を任せる可能性が考えられただけに、欧州ではルーマニアの大統領選の行方を注視してきた。ルーマニアの政界を牛耳ってきたPSD主導政権はこれまで欧州連合(EU)のウクライナ政策を支持してきた。EUやNATOにとって、ルーマニアは信頼できるパートナーと見なされてきた。大統領選はやり直しとなり、総選挙後の新政権の発足は難航が予想されるなど、ルーマニアは大きな政治的混乱期に突入している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。