"アブラハム・ファミリー"の「内戦」

シリアで10日、反体制派が2017年に創設した「シリア救国政府」が暫定政権を担い、救国政府のリーダー、ムハマド・バシル氏が暫定首相となることで反体制派関係者は合意した。アサド政権崩壊をもたらした反体制派「シャーム解放機構」(HTS)の指導者ジャウラニ氏が9日、アサド政権で首相を務めたジャラリ氏との間で権力移譲で合意した。バシル氏はシリア北西部イドリブ県で「シリア救国政府」を率いてきた。救国政府の閣僚たちが暫定政権を担う予定という。現地からの情報によると、バシル氏は10日、暫定政権の初閣僚会議を開き、「シリアの国家としての安定を強化し、国民生活の改善を最優先に取り組んでいく」と表明している。

長い内戦で破壊されたシリアの街(2024年8月3日、英国に拠点を置くNGO「シリア人権監視団」(SOHR)公式サイトから)

半世紀以上続いたアサド父子の独裁政権は「政治的宗派主義」に基づき、少数宗派のアラウイ派が1966年以降、シリアの政権を統治し、多数派のスンニ派は政権の中核から追放されてきた。アサド政権崩壊で主要な役割を果たしたHTSはスン二派の武装勢力だ。シリアにはまた、トルコが支援する主にスンニ派アラブ人を中心としたシリア人傭兵の「シリア国民党」(SNA)やクルド人勢力が主導する多民族混成部隊で、米国から支援を受けるシリア民主軍(SDF)が存在する。SDFはシリア内戦における主要な対IS(イスラム国)勢力として知られている。推定約5万~6万人の戦闘員を抱えている。ポスト・アサドで看過できないのは、アサド政権をこれまで軍事支援してきたロシアとイラン両国の出方だ。バシル氏主導の暫定新政権がシリア全土を統治できる民主政権となるかは不確だ。

‘アラブの春’を受けて、多くの反体制派グループが打倒アサド政権で立ち上がったが、2011年にシーア派の盟主イランがアサド政権を支援(アラウィ派はシーア派の流れをくむ宗教少数派)。そして2015年になるとロシアが内戦に参戦、アサド政権を軍事支援した。アサド政権がこれまで政権を維持できたのはイラン、ロシア両国の軍事支援があったからだ。ちなみに、13年余りの「内戦」で数十万人のシリア人が犠牲となり、数百万人以上が国外に避難した。

ところで、シリアのアサド政権と反体制派間の戦いは「内戦」であり、ウクライナのロシアとの戦いはとは明らかに「戦争」だ。「内戦」と「戦争」には相違がある。換言すれば、前者は身内同士の戦いであり、後者は隣人(隣国)との紛争だ。その戦闘の規模も範囲も異なっている。

「内戦」といえば、バルカン半島で展開されたボスニア・ヘルツエゴビナ紛争だ。クロアチア系、セルビア系、そしてイスラム系の3民族間の内戦だった。ボスニア紛争は死者20万人、難民、避難民、約200万人を出した戦後最大の欧州の悲劇だった。1995年にデートン和平協定が締結されて戦いは終わったが、現状は民族間の和解からは程遠く、『冷たい和平』(ウォルフガング・ぺトリッチュ元ボスニア和平履行会議上級代表)の下で、民族間の分割が静かに進行している。ぺトリッチュ元上級代表は当時、「ボスニア紛争は内戦だった。外部の侵略を契機に始まり、勝利者と被占領者に分かれる戦争とは異なり、内戦には勝者はなく、敗者しか存在しない」と語っていたことを思い出す。

シリア紛争も「内戦」という点でボスニア紛争と酷似している。ボスニアでは3宗派間の民族紛争であり、シリア内戦も「政治的宗派主義」(フランスの中東問題専門家ピェール=ジャン・ルイザール氏)を根底とする宗派間の戦いがあった。「内戦」ゆえに、戦いが終わったとしても住居を変えることはできない。身内同士の戦いだからだ。相手の顔をみれば、傷跡が疼く。その点、「戦争」は勝利者と敗北者はより一層明らかになる。勝利国は敗戦国に領土や何らかの政治的譲歩を強いる。そして戦争当事国は最終的には外交ルールに従って共存の道を模索していく(「中東『政治的宗派主義の崩壊』とその後」2024年12月7日参考)。

ウクライナ戦争を見てみる。ウクライナとロシア間にはシリアのような「政治的宗派主義」の影響は薄い。両国は民族が異なるが、基本的には正教会だ。身内同士の戦いの「内戦」ではなく、隣人(国)との戦争だ(ウクライナ正教会はロシア正教会モスクワ総主教の管轄から離脱し、独立正教会となっている)。

なぜ、「内戦」と「戦争」の違いに拘るのかと言えば、戦いが終わった後の影響で違いが出てくるからだ。ペトリッチュ氏が指摘したように、「内戦」後の後遺症は「戦争」後のそれより治癒という点でより難しいケースが多いのだ。シリアのように「政治的宗派主義」が強い国の「内戦」は最悪のケースだ。

内戦が終わり、シリアに民主的政権が誕生するまでには長い年月がかかることが予想される。特に、宗派間の戦いが癒されるまで時間がかかるが、身内同士の戦いは和解する以外に他の選択肢がないのだ。たとえ、それが「冷たい和平」であったとしてもだ。

ちなみに、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のアブラハム3宗派が集中する中東では、「内戦」といっても常に「戦争」へと拡散する危険を含んでいる。イスラエルとシリア、イランとの戦争がそうだ。その観点からいえば、中東の紛争は3宗派の”アブラハム・ファミリー”の「内戦」ともいえるのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。