外電が15日テヘラン発で報じたところによると、イランのマスード・ペゼシュキアン大統領は議会で可決されたヒジャブ(スカーフ)法に拒否権を行使し、国家安全保障会議に判断を委ねた。日刊紙「ハムシャフリ」によると、大統領顧問のアリ・ラビエイ氏は「この法律が社会に与える影響を考え、今回の措置を取った」と説明している。
国家安全保障会議は、イラン・イスラム共和国の安全保障に関する最高意思決定機関だ。ペゼシュキアン大統領は、この法律が少なくとも一部修正されることを期待しているわけだ。同大統領はヒジャブ法に対して、「社会的反発だけでなく、新たな混乱を引き起こす恐れがある」と反対してきた。ヒジャブ法は、強硬保守派の前任者、エブラーヒーム・ライシ大統領(故人)の政権下で策定されたものだ。
イランではハメネイ師を中心とした強硬派とペゼシュキアン大統領らの穏健派との間で権力争いが展開されている。大統領選で穏健派の代表として当選した立場上、ペゼシュキアン大統領は安易には強硬派が作成したヒジャブ法を承認するわけにはいかないだろう。同大統領は今年7月5日、強硬派の対抗候補者ジャリリ最高安全保障元事務局長を破って大統領に就任したばかりだ。
イスラム強硬派によって議会で可決されたヒジャブ法では、ヒジャブ着用義務を守らない女性に対し、高額な罰金や公共サービスの提供拒否などが含まれている。特に著名人に対しては厳しい処罰が予定されており、職業や出国の禁止、さらには資産の最大5%までの没収が課される可能性がある。ソーシャルメディアでは、この新しい法律を「女性に対する宣戦布告」として激しく非難する声が広がり、議会が国全体を「巨大な監獄」に変えようとしていると批判されている。
ヒジャブ法に対しては、政府内からも批判の声があがっている。ハメネイ師の顧問、アリ・ラリジャーニ氏は「私たちにはそのような法律は不要で、せいぜい文化的な説得が必要だけだ」と述べている。また、元政府報道官のアブドラ・ラメサンザーデ氏もSNS「X」で、「この法律を過酷である」と非難し、「このような抑圧的措置は社会内の不満を増幅させるだけだ」と書き込んでいる(以上、オーストリア国営放送から)。
イランでは2022年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさんがイスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がっていった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧した。その結果、国内外から激しい批判の声が高まっていったことはまだ記憶に新しい。最近では、イランのミュージシャンであるパラストゥ・アフマディさんがヒジャブを着用せず、服装規定に反するドレスを着て歌い、そのコンサートをYouTubeに公開した。その結果、彼女とバンドメンバー2人は逮捕されたばかりだ。ヒジャブの着用問題はイランの聖職者支配体制を揺るがす大きな問題となっている(「イランはクレブトクラシ―(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。
イランを取り巻く政治・経済情勢は厳しい。イランは、宿敵イスラエルを打倒するためにこれまでパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激派テロ組織「ハマス」、レバノンの民間武装組織ヒズボラ、イエメンの反体制派武装組織フーシ派に軍事支援してきた。同時に、アサド政権下のシリアに対してもロシアと共に軍事支援してきた。
2024年12月の現状はどうだろうか。ハマスはイスラエル軍の報復攻撃を受けてほぼ壊滅状況だ。ヒズボラはイスラエル軍によって最高指導者ナスララ師が殺害され、統制が難しくなってきた。そしてアサド政権の崩壊だ。イラン革命防衛隊(IRGC)が拠点を構え軍事活動を展開してきたが、反体制派のイスラム過激組織「シャーム解放機構」(HTS、旧ヌスラ戦線)が武装蜂起すると、アサド政権はあっさりと崩壊し、アサド大統領は家族と共にモスクワに逃避した。
すなわち、ハメネイ師とIRGCが疲弊する国民経済を無視して、外国のイスラム過激派テロ組織を支援してきたが、その結果は無残なものに終わろうとしているのだ。イランの同盟国ロシアはウクライナ戦争で忙しく、イランを経済的に支援する余裕はないだろう。
このような状況下で、国民の抵抗が強く、欧米諸国から批判がある厳格な「ヒジャブ法」を施行できるだろうか。現実主義者のペゼシュキアン大統領が拒否権を行使したのは当然かもしれない。2022年秋のような国内全土で反体制派抗議デモが広がっていけば、ハメネイ師を中心とした聖職者支配体制が崩壊し、イランが‘第2のシリア’となる可能性が出てくるのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。