イランはクレプトクラシー(盗賊政治):ハメネイ師の経済帝国への不満

22歳のクルド系女性マーサー・アミニさんが9月13日、宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、同16日に死亡が確認された事件はイラン全土で女性の抗議デモへと発展させた。今月に入り、イラン北西部アルダビルで15歳の少女アスラ・パナヒさんが他の生徒と共に抗議デモでスローガンを叫んだ時、私服姿の女性警官に暴力を振るわれ、学校に戻って再び殴打され、搬送先の病院で死亡するという事件が発生し、抗議デモに参加する国民を一層、激怒させたばかりだ。

イラン最高指導者アリ・ハメネイ師(イランのIRNA国営通信から)

また、BBCが報じたところによると、イランの有名なクライマー、エルナス・レカビさん(33)が韓国で開催されたアジア競技大会でヘッドスカーフを着用せずに出場したことを受け、イランに帰国後、テヘランで自宅軟禁されている可能性があるという。

レカビさんは韓国から19日、テヘラン空港に戻った際、多くの人々から出迎えられたが、その後、一時期行方が不明となっていた。レカビさんは公開されたインタビューの中で、スカーフを着用せずに競技をしたのは「うかつだった」と謝罪したが、それはイラン当局から謝罪を強要されたためと受け取られている。

アミ二事件、15歳の少女の死、そしてレカビさんの問題はいずれも女性がイスラム教の服装規定に反する、ないしはそれに抗議した理由から生じたものだが、イランで現在、展開されている抗議デモは女性のスカーフ問題、女性の人権といった範囲を超え、イスラム革命後から43年続くイスラム聖職者支配体制への抗議でもあり、国民経済の停滞への不満の爆発によるものだ。すなわち、抗議デモの焦点は「女性の人権」問題から「体制批判」へと移行してきたわけだ。

イランの状況は何年にもわたって不安定であり、特に経済危機が現在の抗議行動の「触媒」となっている面は否定できない。イランの経済専門家マフディ・ゴー氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「国民はますます貧しくなる一方、イスラム政権トップの腐敗と汚職、縁故主義が広がっている。インフレ率は現在50%を超え、国民の約3分の1が絶望的な貧困の中で生活している。通貨リアルは価値を失い続け、多くの人が失業している」という。

その一方、イラン国内でミリオネアの数が増加して、昨年米国の経済雑誌「フォーブス」が報じたところによると、その数は25万人にもなるという。すなわち、イラン社会で貧富の格差が見られだしたわけだ。ちなみに、イランは2021年、国際非政府組織「トランスペアレンシーインタナショナル」の腐敗認識指数(CPI)は180カ国中、150位にランクされた。(上位のほうが腐敗が少ない。1位はデンマーク。編集部注)

イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない。

最高指導者ハメネイ師が管理するセタードは数十億ドル規模のコングロマリットを率いて中心的な役割を果たしている。セタードまたはイマームの執行本部(EIKO)と呼ばれるハメネイ師の経済帝国は、宗教的少数派、シーア派、実業家、追放されたイラン人などイラン市民の財産を組織的に没収している。現在では、非常に重要な石油産業から電気通信、金融、医療に至るまで、経済の他の多くの分野をその管理下に置いている。一方、ハメネイ師の支持を得て昨年に大統領に選出された強硬派のライシ大統領はイラン最大の土地所有者の経済財団を主導している。他の全ての財団と同様に非課税だ、といった具合だ。

看過できない勢力は革命防衛隊(IRG)だ。ハメネイ最高司令官に報告するパスダラン(革命防衛隊)は、この国のもう1つの経済勢力であり、その影響力は過小評価できない。マフムード・アフマディネジャド前大統領の下で著しく成長した。ライシ大統領の下で、さらに多くのプロジェクトが彼らの所管に入ってきている。革命防衛隊は石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも組み込んでいるコングロマリットを所有している。イランの経済システムは、政府、軍、財団の支配下に完全に置かれているわけだ。

クレプトクラシー(英Kleptocracy)という言葉がある。官僚や政治家などの支配階級が民の資金を横領して個人の富と権力を増やす、腐敗した政治体制を意味し、支配者が被支配者の財産と収入を恣意的に管理し、被支配者を犠牲にして自分自身またはそのクライアントを豊かにする盗賊政治だ。イランのイスラム聖職者支配体制はクレプトクラシーと呼ばれている。

なお、欧州連合(EU)理事会は17日、イランでの重大な人権侵害に関与し、暴力的な弾圧の直接的な責任を負う4団体と個人11人に対する制限措置を採択した。その中には、風紀警察、政治当局、イラン治安部隊の責任者、弾圧が最も激しかった地域の警察署長が含まれる。EUは20日には、イラン製ドローン(無人機)をロシアに提供したイランの3個人と1団体に追加制裁を科している。

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編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。