近隣窮乏化政策という言葉をお聞きになった方もいらっしゃるでしょう。自分をよくするためにお隣を追い詰めて貧しくするという経済の用語ですが、主に二国間における貿易などについて述べることが多いと思います。特に自国の為替を安くすることで輸出ドライブをかけるような場合で使われます。
もしもこの近隣窮乏化策を貿易や為替に限らず、もっと広義な意味で使うとしたらどうでしょうか?
今日、アメリカの中央銀行にあたるFRBが定例の政策決定会合を行い予想通りの0.25%の利下げを行いましたが、2025年の利下げ見通しが年4回から2回に減ったことを受け株が暴落しました。特にダウ平均は10日連続安で50年ぶりの事態となっています。
少し前、私はアメリカはブラックホールのようだ、と申し上げたことがあります。世界のマネーを吸い上げるという意味です。吸い上げるのでアメリカの景気はよく見えます。投資が活発になり、雇用も好調、賃金もうなぎのぼり、まさに独り勝ちの様相です。パウエル議長が本日の記者会見で25年度の金利政策についてより慎重を期すとする点について「トランプ氏の就任だけが要因ではない」と述べています。これが実は私が以前から気になっていた点なのです。
トランプ1.0頃からの世界経済を見てみると伸び盛りの中国をトランプ氏は経済制裁でガツンと言わせました。経済制裁が国家の経済成長に大きな影響を与えるのは以前から行っていた対イランやロシアの状況を見ればその効果は実証されており、中国と言えどもその罠からは逃れられませんでした。おまけにコロナが追い打ちをかけた形になりました。習近平氏はイデオロギーで巨大国家をリードしようとしていますが、そんなことでできるわけがありません。ある高尚な国際社会問題に関する書籍の中で習近平氏は凡庸で特段優れた能力を持った人物ではないと書かれています。中国はトランプ1.0の際にアメリカに負け、その傷が癒えない中で2.0を迎えるわけで経済だけに限れば戦々恐々の事態にあるのです。
もう一つの主要経済エリアである欧州経済の不振が世界経済のバランスという点で影を落としています。欧州経済がなぜ不振なのか、これを議論するとこの紙面では全く収まらなくなるので私見を一言だけ述べると、欧州各国における歴史的な労働硬直性と社会保障制度、移民/難民問題が重くなっているうえに、EUの括り、特にシェンゲン協定が欧州各国が本来持つ強み弱みを均質化させ、平凡な集団国家に変えてしまったというのが私のたった一言で述べる欧州経済弱体化の道であります。
今回、トランプ氏が本当の隣国であるメキシコとカナダにも関税による脅迫を行い、カナダはもしもそれが実施されるなら報復関税を行うと明言しています。ただ、カナダがアメリカと戦っても勝ち目がないのは自明であり、アメリカのブラックホールになす術がないというのが現状ではないかとみています。
普通、近隣窮乏化政策というのは自国通貨の価値を下げることなのですが、ドル基軸を利用し、アメリカは逆に自国通貨の価値がどんどん切りあがる中での近隣窮乏化を進めている形になっています。パウエル議長の悩みはインフレ率がここに来て下がりにくくなっていることがあり、アメリカ人の購買力の強さを示すものとなっています。いうまでもなく、世界でアメリカに経済的に太刀打ちできる国家や地域がないことが全てを語っているのです。おまけにアメリカは軍事力、政治力、発言力まであらゆる方面での強さを維持しています。
かつてビックバンという言葉がありました。金融の世界などで使ったと記憶しています。この語源はもちろん膨張する宇宙のことを指しているのですが、閉じた宇宙を前提とするなら膨張は逆転し、ビッククランチという大収縮が始まります。またブラックホールは最終的に大爆発をすると想定されています。
つまり世界経済は無限の成長が可能なのか、一定の枠組みを超えることができないのか、そしてもしもその力に歪があり、均質ではない社会が生じた時、それがもたらす影響はどうなるのか、という検証は宇宙論も経済論でも同じ範疇なのかもしれません。
意図的か否かはともかく、アメリカの近隣窮乏化には対抗できる強い「バランサー」(=国際経済の平衡を保つ国家や地域)が必要です。かつて期待された欧州がその役目を果たせていないことが最大の誤算だった気がします。BRICSが今後、台頭してくるのでしょうか?それより日本を含む東南アジア圏経済もあるし、インドも控えています。少なくともアメリカの独走は理念でも理論でも公平な観点からは良くないでしょう。トランプ2.0でそれがよりはっきり見えてくるような気がします。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年12月19日の記事より転載させていただきました。