金融の持続可能なビジネスモデルとフィデューシャリー・デューティー

英米法におけるフィデューシャリー・デューティーとは、フィデューシャリー、即ち、顧客からの特別な信頼のもとで職務を遂行する人に課せられる義務のことで、専らに顧客の利益のために最善をつくして働くことに帰着する。この義務を厳格に解するとき、フィデューシャリーは、無償で働くことになる。なぜなら、報酬を目的にして働くことは、自分のために働くことであり、専らに顧客のために働くことに反するからである。

しかし、例えば、フィデューシャリーの代表である弁護士は、当然のことながら、顧客から報酬を得ている。報酬は活動経費であり、報酬を得なければ、顧客のために働くこと自体が不可能になるからである。こうして、フィデューシャリーの職務には、原理的には無償であり、現実的には有償であるという矛盾が内包されているわけだが、その矛盾を解くものが合理的報酬という考え方である。

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合理的報酬とは、フィデューシャリーの職務を遂行するのに必要にして十分な経費の総額に、適正に評価された公正利潤を付加したものだが、利潤はフィデューシャリーの所得だから、それも人件費と考えれば、合理的報酬は適正にして公正な経費の総額になる。そして、理論的には、この合理的報酬は、顧客の側から評価されるとき、顧客が見出す価値に一致していなければならないのである。

日本法には、フィデューシャリー・デューティーに似たものはあっても、それ自体はない。しかし、金融庁は、金融機関に対して、フィデューシャリー・デューティーの徹底を求めている。なぜなら、形式的な法令遵守の徹底のもとでも、実質的には、顧客の利益に反した事態が生じ得るからである。金融庁は、敢えて、法を超えて、理念としてのフィデューシャリー・デューティーを掲げることで、金融界に注意を促しているのである。

この金融行政においても、重要な要素は合理的報酬であって、金融機関が顧客に役務を提供することによって得る報酬は、顧客が役務から得る価値に一致していなければならないとされる。つまり、金融庁の考えでは、顧客が支払った報酬に見合う価値を確実に得られる限り、金融機関は、価値のある役務を提供すれば、合理的報酬が保証されるのだから、持続可能性の高いビジネスモデルを構築できるということである。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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