トランプの「常識革命」とバイデンの「予防恩赦」

トランプ大統領の就任式が現地時間の1月20日、ワシントンDCのホワイトハウスで行われた。2時間余りの式はトランプによる約30分間の演説で締め括られた。その冒頭10分辺りで、彼は「常識革命(revolution of common sense)」の開始を次のように誓った。

私は今日、一連の歴史的な大統領令に署名し、これらの行動によって、アメリカの完全な復活と常識の革命を開始する。すべて常識についてである。Today I will sign a series of historic executive orders with these actions we will begin the complete restoration of America and the revolution of common sense. It’s all about common sense.

演説はこの後、南部国境の国家緊急事態発令からマッキンリー山の改名にまで及ぶのだが、バイデンの失政の最たるものが不法移民の大量流入であり、またマッキンリー山を「デナリ山」に改名したのがオバマだったことを思うと、それを聞かされる彼らの腹が煮えくり返る様が目に浮かぶ。米国政治の非情さを実感するが、それは先の総選挙で大敗した石破や自民党の甘さとは余りに違う。

今年のトップニュースは「トランプ2.0」
12月22日、アリゾナ州フェニックスでMAGA大規模集会が開かれた。同集会はトランプ再選の原動力の一つとなった「Turning Point USA(TPUSA)」が19日から3日間主催した「America Fest」の大トリを飾るものでもあ...
躓いた前任を否定してこそ勝てるのに
トランプが米国大統領に返り咲いた。接戦7州すべてを制し、300人を超える選挙人を獲得する圧勝だ(7日午前の時点でネバダ・アリゾナは未確定)。上下両院とも共和党が過半数を制するのは確実で、「トリプルレッド」の下でバイデン政治の一層が進められる...

そこで「常識」のことになる。バイデンやハリスやオバマが苦笑いで済ませられるのは、彼らの常識とトランプのそれとが180度違うものだからに他なるまい。なるほど10人いればその常識も10通りだ。が、7,700万人の米国民は先の大統領選で、トランプの常識を是とし、息子を恩赦するようなバイデンとそれを止められない民主党の常識を否としたのである。

トランプ大統領Xより

そのバイデンは1月20日の正午まで大統領で居られたのだが、その時間切れ直前、まさに「消えんとするそのロウソクの炎」をまたも輝かせる、唖然とする行動に出た。何と「Preemptive Pardons」の挙に出たのだ。それは「先制恩赦」あるいは「予防恩赦」などと呼ばれるもので、まだ捜査さえされていない人々に恩赦を与えることを指す(20日の『Newsmax』)。

その「ワクチン」恩赦の対象は、家族数人(義弟や義妹ら)、国立アレルギー感染症研究所 (NIAID) のアンソニー・ファウチ元所長、マーク・ミリー元統合参謀本部議長、そして1月6日の議事堂襲撃(「J6」)を調査した下院委員会のメンバーや証言者らだ。筆者はファウチとミリーについて21年9月の投稿で次のように書いたことがある。

ミリー米JCS議長が中国JCS議長に架けた驚愕の電話とは
産経は19日、黒瀬ワシントン特派員による「米主要メディアが報じた著書の抜粋」を引用した記事で、ワシントンポスト紙のボブ・ウッドワードとロバート・コスタ記者が21日発売の著書「Peril」(以下、同書)が、ミリー米統合参謀本部議長(CJCS)...

ミリーはトランプからバイデンに政権に代わってもCJCS(*統合参謀本部議長)という要職に留まっている点で、新型コロナとの戦争で政権に助言するファウチNIAID所長と似ている。ファウチの関係では、「Intercept」がFOIA(*情報自由法)で入手したNIH文書で、武漢ウイルス研究所への資金提供の内容が明らかにされつつある。

バイデンがファウチを予防恩赦したのはこの件の絡みだろう。他方、ミリーはトランプの了承なしに、4年前の「大統領選前の20年10月30日と21年1月6日の議事堂暴動2日後の8日に李将軍(*中国のカウンターパート)に電話をかけ、米国政府の安定を保証した」件で、トランプが「反逆罪」の疑いがあると述べたことがあるからではなかろうか。「敵の敵は味方」という訳か。

バイデン前大統領インスタグラムより

バイデンは「J6」特別委員会関係の名前や人数を挙げていない。が、委員にはバイデンが先日「大統領市民勲章」を授与したベニー・トンプソンとリズ・チェイニーの正副委員長の他、共和党からチェイニーと二人だけ委員になったアダム・キジンガ―(中間選挙不出馬)がいる。証人ではチェイニーから偽証を示唆された疑いのあるキャシディ・ハッチンソンが思い浮かぶ。

消えんとして光を増すバイデン
表題は「灯火消えんとして光を増す」との語を捩った。「ろうそくなどが燃え尽きようとする前に、一度明るく輝くことをいう。病人が息を引き取る前に、容体がちょっと持ち直したり、事が滅亡したりようとする前に、一時勢いを盛り返すことにたとえる」...

バイデンは彼らを「予防恩赦」した理由をこう述べている(前掲『Newsmax』記事)。が、有罪犯のハンターのみならず、嫌疑もかけられていない他の家族まで「予防恩赦」するとは、恥も外聞も失くしたとしか言いようがなく、哀れですらある。

これらの恩赦の発令で、それぞれが不正行為を行ったことを認めたと誤解されるべきではないし、恩赦の受諾は、いかなる犯罪に対する有罪の告白と誤解されるべきではない。我が国は、国家に対するこれらの公務員のたゆまぬ献身に感謝の念を抱いている。

これは例外的な状況であり、私は良心の呵責を感じずに何もしないわけにはいかない。個人が何も悪いことをしておらず、実際は正しいことをして最終的に無罪となったとしても、捜査や起訴を受けたという事実だけで、評判や財政に回復不能なダメージを与える可能性がある。

大統領が任期の終わりに恩赦を与えるのは慣例だが、それは通常、犯罪で有罪判決を受けた者に与えられる(これは1000人以上に与えた)。が、今回の恩赦を受けた者が恩赦を申請する必要があるのか、あるいは恩赦の申し出を受け入れる必要があるのかは不明だが、恩赦の受け入れは暗黙の有罪または不正行為の告白と見做され、トランプとその支持者による攻撃を正当化することになる、と前掲記事は書いている。

が、筆者が思うに、トランプ政権は前政権の様な露骨な「司法の武器化」はしないのではなかろうか。その理由は幾つかある。

一つは、トランプは20日が署名した100近い大統領令の中に「J6」の被告を「完全かつ無条件の恩赦」する大統領令が含まれ、自らも公約通りに起訴された約1,500人を恩赦し、服役中の14人を減刑したからだ。

二つ目は、司法長官に選ばれたパム・ボンディが先週、議会の承認公聴会で民主党議員から執拗な質問を受ける中で、敵のリストは決して存在しないとし、政治的な理由で誰かを狙い撃ちするために司法省を利用することはないと、述べたこと(21日の『BBC』)。

三つ目は、これが一番重要だが、トランプが就任演説の冒頭1分半辺りで「黄金時代を迎えるトランプ政権の米国では、安全と正義が復活し、司法を武器化するという不当なテロ行動はなくなる(unjust practice of weaponization terrorism will cease)」と明確に述べているからだ。

2度目の政権による「常識革命」の開始を、2mを超える巨人に育った息子バロンや家族の前で誓いながら、前政権と同じ様な卓袱台返しをするなら、トランプ一族は勿論のこと、7,700百万票を投じた支持者に嘘をつくことになる。トランプには「常識」を求めたい。

ただし、前掲『BBC』は「今回の恩赦は関係者らを議会の調査から守るものではない。恩赦を受けた者は今後、共和党主導の議会によって調査対象とされ、証言やその他の資料の提出を求められる可能性がある」としている。事実、「J6」委員会については、下院監視小委員会の共和党ラウダーミルク委員長から新たな報告書が出されている。チェイニーは高枕とはいくまい。