ミリー米JCS議長が中国JCS議長に架けた驚愕の電話とは

産経は19日、黒瀬ワシントン特派員による「米主要メディアが報じた著書の抜粋」を引用した記事で、ワシントンポスト紙のボブ・ウッドワードとロバート・コスタ記者が21日発売の著書「Peril」(以下、同書)が、ミリー米統合参謀本部議長(CJCS)が中国のカウンターパート李参謀長に「極秘裏」に電話を掛けたと記していることなどを報じた。

マーク・ミリー米JCS議長 Wikipediaより

本稿では、黒瀬記事とミリーCJCSの行動について筆者の考えを述べてみたい。筆者は何度か産経の米国特派員を叱咤激励する投稿を本欄にしているが、その主旨の一つは、米メディアの要約記事を書くだけの特派員など要らないことだ。なぜなら今日、それら米メディアを我々もリアルタイムで読める。

二つ目は、米メディアも日本のそれと同じく右から左まで多様で、一つや二つの記事だけしか読まずに報じるなら、記者の信条がどうかとは別に、結果として偏った内容の記事になってしまうことだ。日本の場合なら、朝日を読んだら産経も読んで裏を取り、ネットで信頼に足る識者の見解などもチェックするなどの作業が必要になろう。

その意味で、黒瀬記事はこの二つの指摘の両方が当て嵌っているように思う。この産経記事を、反トランプメディアの「CNN」日本語版、親トランプメディアの「Foxnews」、そしてほぼ中道の議会メディア「The Hill」と読み比べてみて、そのことが判然とした。

黒瀬記者はCNNの記事しか読んでいない、とは言わぬ。が、主にCNNを参考にしたのではなかろうか。というのも産経とCNNの記事はほぼ同じ内容で、他紙に書いてある重要なことが抜けているからだ。一つは、ミリーの李将軍への電話が2度であったこと、他は、トランプ前大統領による同書のミリーに関する記述への反論と批判だ。

14日のFoxnews(Fa)は、ミリーが李に秘密の電話を2度したと同書が書いていることを報じ、また同日の別記事(Fb)では「トランプはミリーが中国の将軍に電話したとの記事を疑って、本当なら『反逆罪』だと言う」との見出し記事を掲載した。

先に黒瀬記事が抜粋している同書の記述を箇条書きにすれば、以下のようだ。

  • ミリーは、トランプが大統領選の敗北を認めず、周囲に怒鳴り散らすなど「深刻な精神的退化状態」に陥ったとして危機感を強め、トランプが思いつきで中国などに戦争に仕掛けないよう対策を講じた。
  • ミリーは1月8日、李作成に極秘裏に電話をかけ、米国が中国を攻撃することはないと確約した。
  • ミリーは同日、インド太平洋軍にも連絡し、中国が米軍の意図を誤解しないよう、近く予定していた軍事演習を延期するよう要請した。
  • さらに、米軍幹部らを集め、トランプが仮に核攻撃命令を下した場合はミリーに知らせ、判断を仰ぐよう念を押した。
  • 核攻撃命令は大統領だけが下す権限があり、ミリーの行動は越権行為にあたるが、トランプの精神状態を受けて米軍幹部らも了解した。
  • ミリーの懸念は政権高官の間で広く共有され、ハスペルCIA長官はミリーに「右翼勢力によるクーデターが実行されつつある」と述べた。

この黒瀬記事を、前述のFoxnews記事2本(Fa、Fb)およびThe Hillの「トランプはミリーの話を『フェイクニュース』と呼ぶ」と題した記事(H)の記述と比べてみる。

  • ミリーは大統領選前の20年10月30日と21年1月6日の議事堂暴動2日後の8日に李将軍に電話をかけ、米国政府の安定を保証した。(Fa)(Fb)(H)
  • ミリーは、南シナ海での軍事演習中に米国が中国への攻撃を計画していると中国当局が信じていることを示唆する情報を検討した後、李作城に連絡し、「我々は貴方を攻撃したり、動的な操作を行ったりするつもりはない」、「攻撃」を決定したら事前に警告するだろうと述べた。(Fa)
  • ミリーは「貴方と私は5年間互いを知っている。攻撃するつもりなら、前もって貴方に電話するつもりだ」と付け加えた。(Fa)
  • ミリーは「我々は100%安定している。が、民主主義は時として杜撰だ」と言った。(Fa)
  • ミリーの電話はトランプに言及しなかったが、選挙後にトランプの精神状態が衰弱したとミリーが思い、李に電話した1月8日、ペロシ下院議長と電話でその考えを共有した。(Fa)
  • ペロシはトランプが軍事行動に出るのを防ぐための「利用可能な予防措置」についてミリーと話した。(Fa)
  • ミリーはインド太平洋軍司令官に電話で、追加の軍事演習の延期を提案した。(Fa)
  • ミリーは上級将校に対し、トランプが在任最後の日に核兵器発射を命じた場合、ミリーの関与が必要であるとの「宣誓」を要求した。(Fa)
  • トランプは、同書の記述は「軟弱で効果のない将軍と、私がインタビューを拒否した2人の著者によって書かれた」とし、「事実ではなく、フィクションだ」と述べた。(H)
  • トランプは、「信じ難いことだが、ミリーが中国に電話して、攻撃についてまたは攻撃の前に彼らに助言したとしたら、それは反逆だ」と述べた。(H)(Fb)
  • トランプは、「それは反逆罪だとの多くの電話を受けた」、「貿易とCOVID-19に関して中国に厳しかったと認めつつ、一方的に中国を攻撃するという考えを『全く馬鹿げている』」と述べた。(H)
  • トランプは、ミリーが自分でその話を思いつき、それをウッドワードとコスタに漏らしたと推測し、彼に辞職を呼びかけた。(H)
  • トランプは「私は中国を攻撃することを考えたことさえない。中国はそれを知っている。話を作り上げた人々は病気で痴呆、それを印刷する人々も同様だ」、「私は米国を戦争に巻き込まなかったのは良く知られた事実だ」と述べた。(Fb)(H)

斯様にCNN以外の記事を3本読むだけでも、黒瀬記事にはない様々なことが知れる。

ミリーはトランプからバイデンに政権に代わってもCJCSという要職に留まっている点で、新型コロナとの戦争で政権に助言するファウチNIAID所長と似ている。ファウチの関係では、「Intercept」がFOIAで入手したNIH文書で、武漢ウイルス研究所への資金提供の内容が明らかにされつつある。

ミリーの方も同書の記述が報道の通りなら、トランプのいう「反逆罪」の疑いがあるのみならず、文民統制の観点からも大きな問題がある。なぜなら、今回は攻撃を差し止める案件だが、逆に大統領命令を無視して攻撃を行う可能性だって考えられるからだ。

筆者は6月の台湾問題の投稿でミリー議長を、「軍トップの腰の据わらない発言は、共産中国に隙を見せることになりはしまいか」と難じた。勿論、李将軍との「裏切り(go behind his back)」電話など知る由もなかったが、そうした発言とこの電話との関係が疑われる。

ミリーは7月に「I Alone Can Fix It」なる本の件でも、Foxnewsのタッカー・カールソンに「ミリーがまだ米軍の指揮を執っているのはなぜ?」と腐された。今回の記事を受けて、強烈な反中で知られる共和党ルビオ上院議員は、バイデン大統領にミリーの解職を要求する書簡を出した。が、バイデン自身も民主党議員に核ボタンの放棄」を求められた。この政権は危なくて見ていられない。

「Peril」はウッドワード3冊目のトランプ本だ。CNNは「権力に固執しようとする中、タガが外れて怒りを爆発させ、顧問や側近を怒鳴り散らす人物としてトランプ氏を描いている」と報じる。が、むしろミリーの火の粉の方が、激しく燃え上がるのではなかろうか。