トランプ米国大統領は、就任直後に国内政策の転換を図る一連の大統領令を発した後、外交問題でも積極的な発言を繰り返している。これについて日本では、評価が分かれる以前に、理解が足りていないように見える。トランプ大統領が何を語っているのか、について、全く理解がなされていない。
「・・・トランプ大統領は強気な政策をとる人だから、いずれロシアに怒り出し、アメリカ軍をロシア駆逐のために差し向けてくれるのではないか・・・、トランプ大統領は何をするかわらない人だから、バイデン政権期も上回る天文学的な額のウクライナ支援を打ち出してくれるのではないか・・・」、そうした一切の根拠のない、願望にもとづく単なる想像が、あまりに目につく。トランプ大統領の発言の断片から必死に「夢」を紡ぎ出そうとしている人々が、あまりに多すぎる。
トランプ大統領が豹変してロシアを駆逐する、というのは、「夢」物語でしかない。「ウクライナは勝たなければならない」主義で、数多くの軍事評論家や国際政治学者の方々らが、統一的立場をとって、感情的な態度とってきてしまっていることが、影響してしまっているのだろう。
これに対し、非常に冷静にトランプ大統領に反応してるのは、むしろロシアのプーチン大統領であるように見える。
プーチン大統領は、国内メディアに対して、もし2020年の米国大統領選挙で(トランプ氏が)「勝利を盗まれていなければウクライナ危機は起きなかっただろう」と述べた。これは「自分が大統領だったら、ロシアのウクライナ全面侵攻は起きなかった」と主張し続けているトランプ大統領を、ロシア側から支持する発言だ。
“トランプ氏なら侵攻起きなかった” プーチン大統領 改めて対話に意欲 TBS NEWS DIG
なぜ、トランプ大統領だったら危機が起きなかった、と言えるのか。プーチン大統領によれば、「ロシアはアメリカとの接触を一度も拒否したことはないが、アメリカのバイデン前政権が拒否していた」からである。つまり、プーチン大統領は、危機の原因は、バイデン政権に頑なな態度にあった、と言っている。プーチン大統領によれば、「われわれはウクライナ問題に関し、交渉の準備ができている」。
あわせてプーチン大統領は、アメリカによる追加制裁の可能性について、「彼(トランプ大統領)は賢く現実的な人物だ。アメリカ経済に損害を与えるような決定を下すとは考えられない」と、興味深い態度も示した。
トランプ大統領の最大の特徴は、比類なき「交渉」好き、あるいは「取引(Deal)」好きであることだ。トランプ大統領の強気の発言等も、全てその観点から理解しなければならない。
もっとも移民問題などは、交渉相手がいない議題だ。こうした交渉が成立しない領域では、トランプ大統領の言葉は、そのまま受け止めなければならない。
しかしトランプ大統領が、自ら「交渉」相手と指名した相手に対して意図的に投げかけている言葉であれば、全て「交渉」の材料あるいは準備として、受け止めなければならない。プーチン大統領は、そのようにトランプ大統領の言葉を受け止め、冷静かつ的確に、お世辞まがいの事を言ったり、やり過ごしたりしている。
プーチン大統領は、「自分が大統領だったら戦争は起こらなかった」という言葉をロシア側から支持してみせたうえで、「全ての責任をバイデン大統領に押し付けて、トランプ大統領とともに事態の収拾にあたりたい」、というシグナルを、トランプ大統領に送っている。
同時に、プーチン大統領は、トランプ大統領の「ロシアが交渉に応じない場合には追加制裁として高関税を導入する」という言葉を、「交渉」を開始するための材料の提示の言葉、としてしか受け止めていない。そこで情緒的に反応することなく、落ち着いて、「当方は交渉する準備はあるので、貴殿がそのような威嚇を本当に現実化させる心配をする必要はない」、というシグナルをトランプ大統領に送り返している。
就任初日に大量の大統領に署名をしたトランプ大統領だが、それまで頻繁に語っていた関税率の一方的な引き上げ、といった外交政策を、本当に導入しようとはしていない。トランプ大統領は、「交渉」あるいは「取引」の外交の話であれば、どんなに強硬な言葉を発しても、交渉をする前に、それらを全て実施することはない。
ロシアは昨年半ばから、ロシア・ウクライナ戦争を、圧倒的に有利に進めている。支配地を着々と広げている。実際には、「交渉には応じるが、もう少し支配地を広げてしまってから交渉を進めたい」とは思っているだろう。トランプ大統領の誘いを、拒絶はしないが、時間稼ぎはしてから受け入れる、という態度である。
戦争の終結をほとんど公約にしているトランプ大統領としては、ロシアの支配地が広がりきるのを何カ月も待っているわけにはいかない。威嚇の言葉を使っても早く交渉を開始したい。急かしたい、という立場である。
したがってトランプ大統領とプーチン大統領の間には、駆け引きの要素がある。利益が完全に一致しているとまでは言えない。
しかしそれは具体論のレベルでの駆け引きである。戦争を止めるための交渉それ自体はやがて開始され、段階的に進展していくだろう。
残念ながら、これまでのウクライナのゼレンスキー大統領の発言には、自らの希望をあれやこれやと言い換えただけのようなものばかりが目に付く。「交渉」を前提にしたシグナルの相互発信といった要素が全く感じられない。残念だが、すでに「交渉」を前提にして、シグナルの送り合いをしている二人の大国指導者と比して、ゼレンスキー大統領は「役者が違う」次元に立ってしまっている。残念だが、この状況では、ウクライナが「交渉」を主導的に進めることは難しいだろう。
トランプ大統領の目標は、ゼレンスキー大統領や日本の軍事評論家や国際政治学者の方々とは異なり、ロシアの駆逐ではない。トランプ大統領の目標は、戦争を止めることであり、それを「交渉」あるいは「取引」を通じて達成することである。
したがって、トランプ大統領の強い言葉と、それとは区別される実際の行動は、全て、彼がどのような「交渉」を目指しているか、という点から、解釈して、評価しなければならない。
そのようにトランプ大統領に接しなければ、トランプ大統領が愛する「交渉人たちが交渉を繰り広げる世界」からは、除外される。かつてトランプ大統領は、アフガニスタンのタリバンや北朝鮮の金正恩を、いわば「交渉」世界の住人として認めた過去を持つ。その反面、バイデン前大統領については「交渉」を拒絶し続ける意固地な非交渉世界の人物と扱ってきている。
恐らくは、トランプ大統領によって、「大国間の交渉」の時代が始める。もちろんそこには激しい駆け引きがあるだろう。「交渉」相手と認められない者にとっては、「大国間の交渉」の時代は、極めて不快なものしかないだろう。
だが、いずれにせよ、トランプ大統領の登場によって、すでに新しい「大国間の交渉」の時代が始まっている。その現実は、まず認めなければならない。
■
「篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。