基幹業務システムの導入は、多くの企業で経営効率化や情報共有の円滑化を目指して実施される大規模なプロジェクトの代表例です。
しかし、こうしたプロジェクトの失敗事例は後を絶ちません。国内ではプロジェクトの炎上事例が相次ぎ、多大な損失を招くことも珍しくありません。
経営者の視点でITプロジェクトを支援する経営コンサルタントの立場から、全社で取り組むITプロジェクトが失敗に陥りやすい理由を、組織の構造という視点から考えてみたいと思います。
炎上が相次ぐITプロジェクト
近年ITプロジェクトの炎上は、大企業でも多発しています。
たとえば、江崎グリコでは基幹業務システムの稼働が遅れて100億円以上の予算超過をした上に、システム稼働直後に重大な問題が発生し多くの商品の出荷が停止する事態にまでトラブルが発展しました。
「スーパーの商品棚からグリコの商品が消えた」というニュースは消費者だけでなく、IT関係者や企業経営者に大きな衝撃をもたらしました。結果として企業イメージの低下や信頼の喪失だけでなく売上の減少という甚大な影響をもたらしました。
このようなITプロジェクトの炎上は業種を問わず多くの日本企業に共通する課題であり、全社的なITプロジェクトの成功率は極めて低いのが現状なのです。
大きな成果を求めて立ち上げる全社ITプロジェクト
失敗率が高く、その際のリスクも大きいにもかかわらず、多くの企業で全社ITプロジェクトが立ち上がるのはなぜでしょうか?
長らく低迷する日本企業の生産性向上や、DX(デジタルトランスフォーメーション)への期待が高まる中、多くの企業がIT投資を加速しています。多くの企業では、部門内の業務は改善し尽くしておりIT化による効果もそれほど大きくはありません。
このため、より大きな成果を生み出すために部門横断的な業務、つまり部門間の連携や情報共有を円滑にすることで生産性を高めることに目を向け始めました。
たとえば、製造業での基幹業務システムの導入を考えてみましょう。経営層は、リアルタイムで全社の売上や利益、在庫を把握し、最適化することを望みます。一方、工場の現場では「需要と連携した精緻な生産計画の作成」や「受注から製造、出荷までの進捗が一目でわかる」といった仕事の効率化や自動化を望みます。
このように、異なる階層や部門間での様々な望みを一気に叶えるために、多くの部門が関与する全社ITプロジェクトを立ち上げることになるのです。
ITプロジェクトの失敗率は70%という現実
JUAS企業IT動向調査報告書2023によると、ITプロジェクトのQCD、すなわち品質の満足度(Quality)、予算遵守(Cost)、スケジュール遵守(Delivery)の状況を調査した結果、おおよそ70%のプロジェクトがうまく行っていないということが分かりました。
・品質: 70~85%のシステムが品質に満足していない
・予算: 60~85%のプロジェクトが予算を超過
・スケジュール: 70~85%のプロジェクトがスケジュール遅延
調査報告書にはこれらの原因は「計画時の考慮不足」、「想定以上の現行業務・システムの複雑さ」、「仕様変更の多発」である旨が記載されています。しかし、これらの原因が発生する背景には、「複数部門が関与していること」という、大企業の根底的な要因が存在すると考えられます。
全社ITプロジェクトに立ちはだかる4つの対立構造
全社ITプロジェクトは、基幹業務システムの導入やグループ共通システムの導入といった種類がありますが、いずれのケースも、複数の部門が関与するがために発生するどうしても避けられない対立を抱えています。ここでは主に4つの対立構造を挙げてみます。
(1)経営と現場の対立
経営層は、業務全体の効率化やデータ活用を重視する一方、現場は自部門の業務の効率化を優先します。
(2) 現場と現場の対立
部門ごとにプロジェクトに対する期待や実現したい事が異なるため、システム構築する際の優先順位で争いが起こります。たとえば、営業部門は顧客データの迅速な共有を求める一方、物流部門は出荷管理の自動化を重視するなど、互いのニーズが競合することがあります。
(3) 本社と現地法人の対立
本社が主導してグローバル標準のシステムを導入する際には、本社はシステムを使ってガバナンスを利かせようとします。ただしそのガバナンスは現地法人にとっては業務効率の妨げになる場合が多く「現地の業務に合わない」と反発するケースが見られます。特に売上高や利益の大きな現地法人は発言力が強いことが多く、本社が主導してデザインしたシステムの導入を拒否するといった事例も散見されます。
(4) 現場とIT部門の対立
ITプロジェクトは予算・スケジュール・品質の3つのバランスを取りながら推進することとなります。IT部門は予算・スケジュールに責任を持ち、現場は構築する業務の品質に責任を持つ、という場合、お互いの利害が一致しないことがあります。
組織横断が要因となって、プロジェクトの難易度がアップする
こうした対立構造に加え、各部門の考え方やプロジェクト参加に対するモチベーション、全社最適の観点から見た場合に発生する問題点もあります。以下では組織横断に着目した問題点を3つ挙げることにします。
(1)自部門の利益を優先
各部門が自部門の利益を優先するため、全ての部門の意見を聞きいれているとプロジェクト全体の目的が曖昧になります。プロジェクトの目的が曖昧で、具体的な成果がイメージできないと何をどこまでシステムで実現するかの決定が難しくなります。
たとえば、「業務全般を効率化する」という抽象的な目的だけを掲げたプロジェクトでは、関係者によって目指すべきゴールが違ってしまうため、必要以上にシステムへの要求事項も肥大化する、という傾向があります。
(2)部門によって異なる危機感や温度感
各部門によって業務の課題に対する危機感や温度感が異なることは良くあることです。このためプロジェクトの体制に入っているメンバーでも、プロジェクトの検討に対して自分ごとでなく他人ごとになってしまい、評論家のようなスタンスで関与する結果、決めるべきことを決められない、という状況に陥ります。
(3)複数部門を説得する意思決定者が不在
複数の部門が関わるプロジェクトでは、全ての関係者を納得させる意思決定が求められますが、そのような意思決定者が不在の場合が多くあります。このため意思決定も含めてシステム開発会社へ丸投げしようとするような企業が散見されます。
丸投げをすることでプロジェクトは進んでいきますが、成果に対する責任感が薄れてしまい結局は品質の良くない業務やシステムができあがる状況が発生します。
プロジェクトの初期からの密なコミュニケーションが必須
全社ITプロジェクトの失敗を防ぐには、組織内の対立や組織横断に由来するプロジェクトの難所があることを認識し手を打っていく他にありません。プロジェクトの初期段階から、関係者間のコミュニケーションを密にし、共通の目的を具体的に設定することが重要です。
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渡邉 亘 アットストリームコンサルティング株式会社 代表取締役社長/経営コンサルタント
京都大学工学部を卒業後、TISを経て、(株)アットストリームに参画。2018年、アットストリームコンサルティング株式会社の取締役に就任。現在、代表取締役社長。グローバルに事業を展開する製造業を対象としたマネジメント変革コンサルティングやSaaSテクノロジーを活用した新規事業の立ち上げを牽引。常にお客様の課題解決を最優先に考え、深く長くお客様の成長に貢献することを最上の喜びとする。地球にやさしい農業に関心を寄せ、プライベートでは無農薬・無肥料の自然栽培に打ち込む。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2024年12月2日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。