三者三様のミステーク
日米首脳会談では、日本製鉄(世界4位)によるUSスチール(同24位)の買収計画も大きなテーマとなりました。トランプ大統領、石破首相、日本製鉄の三者のいずれもが大きなミスを犯したように思います。最も困惑しているのは日鉄のはずで、右往左往しているに違いありません。今週末までにトランプ氏は日鉄トップと招いて会談し、方向性を固めるはずだったのに、その気配はありません。
石破首相とトランプ大統領 首相官邸HPより
両首脳はこの買収案件について「日鉄による買収でなく、USスチールへの投資」で合意したと発表しました。この表現はおかしなと、思った人は多いでしょう。買収も投資の一つです。株式の全額取得はもちろん、50%以上の取得は「買収」に相当します。さらに100%であろうと、50%であろうと、50%未満であろうと、「投資」であることには違いはありません。「買収でなく投資を」の意味は??です。
トランプ氏は「買収」と「投資」は違うものだと、思っていたか、勘違いしていたかです。トランプ氏のミスです。もっとも政治的にいえば、「買収」だと「日本企業の子会社になり、米国企業でなくなる」と、トランプ氏が嫌う印象を与えてしまう。
米国史におけるシンボル的なかつても名門企業が外国企業の傘下に入り、「気分はよくない」とトランプ氏はいう。「投資」という表現にしておけば、刺激的な意味は薄らぐと。さらに英語と日本語の間にニュアンスの違いがあるのかもしれません。どういったのかの記事が欲しかった。
トランプ氏は会談後、表現の間違いに気づいたか、誰かに指摘されたのでしょうか。15日に「少数(50%未満?)の株なら気にしない」と、述べたと報道されました。「少数」の株取得では、日鉄はイニシャティブをとれず、USスチーの改革も思うように進みません。資本提携、業務提携もありうる。とにかく「完全子会社化」の思惑はずれ、さてどうしますか。
石破首相もおかしかった。「買収でなく投資だ。日本の技術を提供してよい製品をつくる。日本、米国、世界に貢献する」と述べました。石破氏も「買収も投資の一つの形態」であることを理解していなかったか、トランプ氏につられて、それをなぞったのでしょうか。
石破氏の間違いはそのほか、個別企業の案件を首脳会談のテーマにしたことです。政治絡みになっているUSスチール問題は会談のテーマにするよう持ち掛けたのは、恐らく日本側でしょう。それならば大きなミスです。トランプ氏に好きなように言わせておいて、首脳会談と切り離して、別のルートで交渉する。丸く収めようとして、首脳会談に持ち込み、藪蛇になりました。
三者三様のミスでは、日鉄が政治問題化するに違いない案件を、大統領選が始まる23年12月に公表したことです。激戦7州のひとつであるペンシルバニア州に本社を置くUSスチールの買収を公表すれば、労組、従業員を刺激し、共和党も民主党の必死になって買収拒否を明言するでしょう。実際にそうなりました。選挙が終わり、新大統領が決まって持ち出せば、冷静な雰囲気の中で議論されたかもしれません。
実際に、この買収が政治案件になってしまい、日鉄は当初2兆㌦の買収計画だけでは済まなくなり、「老朽化した資産の再建20億㌦、雇用の安定、工場閉鎖の断念」など、次々に追加措置を申し出る羽目になりました。日鉄はさらにむしり取られるかもしれません。
首脳会談では、石破氏は「対米投資残高を1兆㌦に引き上げる(現在7800億㌦=120兆円)」と公約し、トランプ氏を喜ばせました。この中にはトヨタの自社工場建設(140億㌦)、ホンダのEV生産開始(10億㌦)があります。これは買収ではなく、企業単独の投資です。
さらに昨年12月に発表された日本生命の米生保買収(1.2兆円)、今年2月に発表された明治安田生命の同じく買収(5000億円)などが加わり、1兆㌦の達成は難しくありません。これらは買収であるとともに、投資に分類されます。買収も広い意味で投資なのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年2月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。