トランプの対露接近と米中対立の戦略的ジレンマ
トランプがプーチンに接近、一部妥協することで、習近平に「武力による現状変更は可能だ」と誤認させ、台湾侵攻の可能性を高めるリスクがあることは間違いない。ウクライナ支援を継続の場合、巨額の資金は誰が払うのか?という問題があるが、トランプの最近の親ロシア的な言動は、最悪のシナリオを招きかねず、優先的に批判されるべきである。特に見捨てられそうな欧州は、怒り心頭だ。
しかし、筆者がキッシンジャー博士との複数回の対談を通じて学んだように、現実主義的な視点も無視できない。それは、ロシアへの一定の配慮や接近が「中国への抑止力」として機能する可能性がある点だ。欧州で現在広がっている見方だ。
米国がロシアに過度な圧力をかければ、ロシアは完全に中国へ傾斜し、米国の対中戦略が崩壊する恐れがある。トランプはロシアの国力が堕ちており、核戦力を除けば、中国ほどの脅威ではないと考えているようだ。この「ロシアの扱い方」が、現在のワシントンで最大の外交課題の一つだ。
さらに、米国がロシア寄りになる理由の一つは、北朝鮮・ロシア・中国の「三国連携」を阻止するためでもある。北朝鮮はロシアから核技術や戦闘ノウハウを得るために、自国の兵士を犠牲にしている。北朝鮮と中国は微妙な距離感を持ちながらも、反米勢力として協力し、軍事的連携を深めている。日本は、単なる二国間関係としてではなく、三国連携の脅威を「戦略的な面」として捉え、総合的な分析と対応を行う必要がある。
ロシアをめぐる戦略的議論:主要な理論とその根拠
1. ニクソン・キッシンジャーの「中国カード」戦略(1970年代)
冷戦期、米国はソ連を牽制するために中国との関係を強化し、米中ソの三角関係を形成した。これは「分断統治(Divide and Rule)」の手法であり、敵対する二国の結束を防ぐ戦略だった。現代の米ロ関係においても、ロシアを過度に敵視すれば、中国との結束が強まり、米国の戦略的立場が弱体化する恐れがある。
2. 「勢力均衡(Balance of Power)」理論
国際政治において、ある大国が台頭すると、他の国々はそれを抑えるために別の大国と協力する傾向がある。米国がロシアに対して強硬姿勢をとりすぎると、ロシアはより中国と接近し、米国の対中包囲網が崩れる可能性がある。そのため、ロシアとの一定の関係維持や「慎重な対応」は、ロシアを中国の完全な同盟国にしないための抑止策となる。
3. 米国の地政学的戦略と「二正面戦争」の回避
米国にとって、ロシアと中国の両方と同時に対立することは大きな負担となる。そのため、ロシアとの敵対関係を緩和し、中国への対抗に戦略的余地を確保することが重要になる。これは「現実主義(Realism)」の視点であり、主要な脅威(=習近平)に集中するために敵を分散させる発想である。
米国の戦略的ジレンマ
米国の覇権が相対的に衰退し、多極化が進んでいるのは事実だ。しかし、軍事力・経済力・技術力において依然として世界のトップに君臨しており、「単独では何もできない」ほど弱体化しているわけではない。ただし、「米国が全てを決め、他国が従う」一極支配の時代は終焉を迎えつつあり、同盟国との協調がより重要になっている。
米国の最優先課題は、「ロシアを封じ込めつつ、中国への対抗に集中する」ことにある。これはバイデン政権であろうとトランプ政権であろうと変わらない基本戦略だ。しかし、ロシアを敵に回せば中国との結束を強めてしまう。ロシアとの適切な距離をどう取るかが、今後の外交のカギとなる。
トランプ政権の政策決定メカニズム
「トランプには長期的な戦略がなく、誰も軌道修正できない」との見方もあるが、これは半分正しく、半分は誤解だ。
確かにトランプはビジネスマン的な発想で動き、イデオロギーにはほとんど関心がない。彼にとっては「ディール(取引)」が全てであり、長期的な戦略よりも短期的な成果を優先する。しかし、それだからこそ、トランプの周囲にいる政策決定者や議会の役割が重要となる。
彼の側近や閣僚は必ずしもイエスマンだけではなく、前政権でもポンペオ国務長官やマティス国防長官のような戦略的思考を持つ人物がいた。今回の政権でも、トランプが軽視するイデオロギー的な思考。これをある程度重視するルビオ上院議員(対中強硬派)、ウォルツ下院議員(国防戦略)、ベッセント財務長官(経済政策)など、トランプとは異なる視点を持つ人物がいる。
歴史学者ニール・ファーガソンもNHKのインタビューで「ルビオとウォルツの考えは必ずしもトランプと一致しない」と指摘している。最終決定権はトランプにあるが、政権内部には異論もあり、一部の政策修正が可能かもしれない。
日本の視点:米中露と三国連携のリスク
日本にとって重要なのは、ロシア・中国・北朝鮮の三国連携が強化されることを防ぐことである。北朝鮮は、自国の兵士に嘘を付き、捕虜の証言があるように、前線に送り込んで犠牲にする。ロシア軍として戦うという恩を売り、ロシアと軍事協力を深め、北朝鮮に足りない核技術や戦争のノウハウを学んでいる。中国とは微妙な距離感を保っているものの、「反米勢力」として三国の協力体制を維持している。
この状況で日本がすべきことは、単に「トランプの対露政策」を批判するのではない。ウクライナ戦争の責任を米国に求めるミアシャイマー教授の理論を過大評価し、プーチンの侵略行為を正当化する風潮には警鐘を鳴らすべきだ。ワシントンでは彼の議論はほとんど取り上げられておらず、相手にされていない。筆者は現場取材を通じて、NATO東方拡大がプーチンの侵略を正当化する論理に利用されていることに強い疑問を持っている。米国などが民主化のために、援助をしつつ、圧力をかけることは無数にある。だが、どうするか、決めるのはその国の国民なのだ。「東方拡大しないと約束したが破られた。だからロシア自衛で動く必要があった」というプーチンの主張。各国には独立国としての主体性がある。国際政治に100対ゼロはない。プーチン軍侵攻直前に「米軍を覇権しない」と言ったバイデンのミスもあり、完全否定はできないが、ウクライナ紛争の責任はロシアではなく米国にあるというのは、飛んでもない詭弁だ。大国だけが各国の行先を決めるのではない。
今後の展望
ウクライナのNATO加盟が停戦の条件となれば、ロシアが応じる可能性はゼロに等しい。しかし、停戦後にプーチンが約束を破り、ウクライナ侵略を再開すれば、その瞬間にウクライナはNATO加盟国として保護され、NATOが即座に軍事行動を起こす。この案は、現在、抑止としての同盟関係があり、重んじられているが「開戦後」に同盟国になるというのは、色々な側面で難しい。ワシントンで議論されているが、欧州側やNATO内での協議は進んでいない。
そして、「自国優先の普通の国」へと変容したトランプのアメリカは、もはやその戦略に関与しない可能性が高い。