楽天「黒字」という自己評価、「格下げ」という他者評価

楽天の営業利益が5年ぶりに黒字化したという。

楽天モバイルの「客単価(ARPU)」は3019円と、目標値の3000円を突破(※)。モバイル事業全体でも「23億円の黒字化(EBITDA)」を達成(※)。そして、グループ全体の「営業利益」が530億円に。今後、楽天グループは一気に回復へ……と楽観するのはまだ早い。

今回の決算発表は「見映えの良い指標」を用いているからである。

発表で用いられた「営業利益」「EBITDA」「ARPU」、3つの指標を詳しく見てみよう。まずは、営業利益からだ。

※1,2 いずれも2024年12月単月

楽天グループ株式会社 プレスリリースより

楽天の営業利益

今期の楽天グループ全体の営業利益は530億円の黒字となった。

「営業利益は本業の儲けを表す指標」

多くの経営書・会計教本では、このように解説されている。だが、楽天の営業利益はそうではない。「本業以外の儲け」が含まれているのだ。

当期の売上収益は2兆2792億円、営業費用は2兆3038億円だった。そのまま引き算すれば「△246億円」の赤字だ。だが、楽天は、これに「その他の収益 1258億円」を足して(その他の費用482億円を引いて)、530億円の営業黒字としている。

問題は「その他の収益」とは何か? である。大半を占めるのが株式の評価益だ。具体的には、関連会社「AST Space Mobile, Inc(米)」の株式の評価替え益「1069億円」である。

2024年11月、楽天は「AST Space Mobile, Inc」株式の扱いを、持分法適用会社株式から金融資産に変更した。つまり、同社は楽天にとって関連会社ではなく、一般の会社となったわけだ。それに伴い、同社株式を簿価よりも高い「株価(公正価値)」に置き換え、その差額を「利益」として営業利益に含めた。これが、黒字化の主要因である。

もし、扱いを変えていなかったら、営業黒字「530億円」ではなく、営業赤字「△539億円」。正負が逆だったことになる。こうした差異が発生するのは、楽天が採用している会計基準が、IFRS基準(国際会計基準)だからである。

IFRS基準による影響

日本の会計基準では、評価替え益は「本業の儲け」ではない。よって、営業「外」損益とするのが一般的だ。だが、IFRS基準では

「何を本業とするか」

は経営者の裁量に委ねられる。結果、同じ「営業利益」という科目名でも内容はさまざま。多様な営業利益が存在するのである。国際会計基準審議会(IASB)の調査によると、少なくとも「9つの異なる方法」で営業利益が算出されているという。

今回、黒字化した楽天の営業利益も「一般的な営業利益とは違う」ということを認識しておく必要がある。

次に、単月黒字化したという指標「EBITDA」について見てみよう。

EBITDAは黒字判定に適するか

24年12月、楽天モバイルは23億円の単月黒字化を達成している。

楽天グループ株式会社 2024年度第4四半期決算説明会 プレゼンテーション資料より(2025年2月14日)

楽天グループ代表取締役の三木谷氏が以前から目標としていたのが、この「単月黒字化」だった。今回黒字化したのは、「営業利益」ではなく「EBITDA」であることに注意を要する。

EBITDAとは――粗く言えば――営業利益に減価償却費を足したものだ。減価償却費を無視した営業利益と言っても良い(当然、営業利益より額は大きい)。利益を測る指標というより、キャッシュの獲得能力を測る指標だ。楽天自身も決算短信にこう記載している。

「EBITDAは当社グループの事業活動におけるキャッシュ・フロー創出力を評価する指標として有用と判断しています」

楽天グループ株式会社 決算短信より

では、このEBITDAは楽天モバイル「黒字化」の指標として適切か。否である。楽天モバイルは、減価償却を軽視してはいけない企業なのだ。

減価償却とは、投資した額を、使用する年数(耐用年数)に分割して費用化することを言う。仮に、1兆円の設備を購入し10年間使うのであれば、減価償却費は毎年1000億円ずつ、10年間計上される(※)。

※残存価額等は度外視

24年度の楽天モバイルの減価償却費は1155億円。473億円だった3年前の2.4倍に急増している。楽天モバイルは装置産業、すなわち巨大設備を利益の源泉とする企業なのだ。その企業が、設備投資を無視する指標=EBTDAで「赤黒」判定すべきではない。一般的な営業利益で判定すべきだ。

次に、「ARPU」について見てみよう。

エコシステムARPUによる底上げ

24年12月の楽天モバイルの「ARPU」は3019円と、目標としていた3000円を超えた。

ARPUとは、主にモバイル事業で用いられる1ユーザーの平均売上である。1か月あたり客単価と考えてよい。このARPUに加えて、楽天が1年ほど前から決算資料で使い始めたのが「エコシステムARPU」という指標である。

エコシステムARPUとは、通常のARPUに、モバイル事業から他事業への貢献額を足したものだ。ざっくり言えば、

1.楽天モバイル加入者の方が、未加入者よりも、楽天市場等( ※1)での売上額が大きい
2.ならば、その差額をARPUに上乗せしても良いのではないか

という理屈にもとづく指標である。理論値と考えてよいだろう。

楽天が、23年11月に目標として用いていた指標は「通常のARPU」(エコシステムARPUアップリフトは除くARPU)だった。

楽天グループ株式会社 2023年度第3四半期決算説明会 資料より(2023年11月9日)

ところが、先日の決算発表(25年2月14日)で「3000円を突破」(24年12月単月 3019円)と発表したのは、エコシステムARPUだった。

楽天グループ株式会社 2024年度第4四半期決算説明会資料より(2025年2月14日)

エコシステム分を除くと、24年12月のARPUは「2264円」。目標の3000円には届いていない。似て異なる指標の採用は混乱を招く。わかりやすい同一指標を用いて、達成度合いをアピールすべきだったのではないだろうか。

独自指標の弊害

営業利益、EBITDA、そしてARPU。3つの指標を見てきた。

楽天に限らず、企業は、自社にとって都合の良い指標を採用することが多い。ときには、新たな指標を「創造」することさえある。そういった行為は、株主・債権者などステークホルダーたちの判断を誤らせかねない。

先に、「9つの異なる方法で営業利益が算出されている」と述べた。この状況を問題視したIFRSは、27年度から営業利益のルールを一部変更する。国際会計基準審議会で理事を務めた鶯地隆継氏(青山学院大学特任教授)は、ルール変更の理由について、以下のように述べている。

「(理由は)企業独自の業績指標があまりに拡大していることだ。『コア営業利益』や『調整後営業利益』といった様々な名称の利益指標を企業が用いてきた。経営者が自社にあったKPI(重要業績評価指標)を利用することは重要だが、前年度までの指標を十分な説明なく平気で変更されることもある」

IFRSで営業利益の定義統一、日本流「経常利益」どうなる|日本経済新聞 電子版

「ゴールポストを動かす」というと、言い過ぎだろうか。だが、状況に応じて変更されたり、作り出されたりした指標は、過年度比較・競合他社比較を難しくする。決算説明の目的は「透明化」であることを忘れないでいただきたい。

高い自己評価と低い他者評価

最後に、古典的な指標である自己資本比率と、外部格付け機関の評価を見ておこう。

楽天グループ(全体)の自己資本比率の直近値は「4.67%」。ソフトバンクの「25.54%」、KDDIの「34.88%」と比べ、極めて低い。これは、長期安全性が低いことを意味する。要因は多額の負債だ。具体的には、モバイル事業資金調達のため発行した多額の社債が要因である。

その社債の格付けも低下している。格付投資情報センター(R&I)は、楽天の長期社債を「A-」から「BBB+」へ。日本格付研究所(JCR)は「A」から「A-」へ、それぞれ格下げした(※2)。

R&Iの「BBB+」は、信用力が「1.最も高い、2.極めて高い、3.高い、4.十分……9.すべての金融債務不履行(9段階評価)」の4つ目よりやや高め。

JCRの「A-」は、債務履行の確実性が「1.最も高い、2.非常に高い、3.高い……10.債務不履行(10段階評価)」の3つ目よりやや低め。

なお、S&Pグローバル・レーティング(S&P)の格付は「BB」のまま据え置かれている。「BB」は11段階評価の上から7つ目。「投機的」とされる格付だ。

今回の決算発表で訴えた楽天の「自己評価」はかなり高かった。一方、格付という「他者評価」は低い位置に留まっている。自己評価と他者評価の差が埋まり、楽天グループ全体が安定するのは、しばらく先になりそうである。

楽天グループ株式会社 プレスリリースより

【注釈】

※1
10の事業(楽天市場、楽天ブックス、楽天ダイレクト、楽天ビック、楽天kobo、楽天ファッション、楽天トラベル、楽天西友ネットスーパー、楽天ビューティー、楽天ペイオンライン決済)におけるMNOユーザーとNon MNOユーザーの直近1年間の一人当たり平均売上の差。(決算報告会資料より)
※2
22年12月21日と23年6月21日(直近値)を比較
参考:自己資本比率4%、格付BBの「楽天」を信用できるか | アゴラ 言論プラットフォーム

【参考】
「営業利益」ルール統一 国際会計基準、比較しやすく|日本経済新聞 電子版
楽天グループ株式会社 決算資料