2月20日と24日のNature誌News欄に「Trump’s siege of Science:How the first30days unfolded and what’s next(トランプ大統領の科学包囲網:最初の30日間の動きと今後の展開)」「Postdocs and PhD students hit hard by Trump’s crackdown on science(トランプ大統領の科学弾圧でポスドクと博士課程の学生が大打撃)」というタイトルの記事が出ている。
ハーバード大学のキャンパス 同大学HPより
日本ではウクライナ戦争や関税問題でトランプ大統領の発言が取り上げられることは多いが、米国の科学界の大混乱はほとんど紹介されない。NIH予算の(一時的)凍結による影響が広がり、研究者、特に若手研究者には不安が広がっている。DEI(「Diversity(多様性)・Equity(公平性)・Inclusion(包括性・包摂性)」に関わる研究費は少なくとも4年間は凍結される可能性は高い。
そして、大学や研究機関が恐れているのは、間接経費のカットだ。研究費には直接経費と間接経費がある。前者は給料(代表研究者自身の給料の一部・全部)、研究のための試薬や消耗品などの購入費が含まれる。後者は大学や研究機関の管理費(光熱水費や修繕費用など)として利用される。直接研究費が1000万円だと、米国の間接経費の平均値は40%なので、400万円が追加の経費として大学や研究機関に支給される。大学によっては70%の間接経費を請求しているので、700万が上乗せされることになる。
高名な大学では何百億円もの研究費を稼いでいるので、間接経費もかなりの額となる。この間接経費を、トランプ政権は一律で15%にするように求めている。大学によっては100億円単位で収入が減ることになる。
大改革のためには劇薬が必要だが、劇薬が過ぎると命取りになる。米国では第2次世界大戦後、科学の進歩は、国を守るため、健康を維持するため、生活の質を改善するため、文化の発展のために不可欠であると認識され、民主党・共和党の政権が交代しても、科学の発展のために投資することに合意形成されていた。それをトランプ政権2.0はものの見事にぶち壊そうとしているのだ。米国にとっては国家的危機である。そして、それは国際的な危機となっていく。
日本に目を向けると、科学関連予算がじりじりと減らされ、真綿で首を絞められるように息苦しくなっている。かつて、農民は生かさず、殺さず苦しめられた時代があったが、今や多くの研究者が低酸素状態にあえいでいるのだ。
ある役人は、研究費は研究者の不満を最小限に配分するのが仕事だと言っていたが、すべてに中途半端にした結果、日本の科学力が地盤低下し続けているのだ。劇薬は誰の目にもわかり苦しみは短いが、ゆっくりと体を蝕んでいく毒は気づいた時には手遅れで、苦しみが長く続く。どちらも嫌だ。
さらに、社会保険料を減らすために、医療費を減らす合意がなされたと報道されていたが、どこを削れば4兆円の医療費削減が可能なのか?病院の80%が赤字という実態、ほとんど給料が上がらない医療従事者、離職者続出の介護従事者、消費税が上がっても診療報酬に反映されない歪さをしっかり見つめて欲しい。若い医師の多くが、自由診療の美容整形に向かうはどうしてなのか?
医療分野でのデジタル化、AIの導入は、医療機関の効率化に不可欠だし、人からAIやデジタル・ロボットへのタスクシフトは医療現場の負担軽減にも不可欠だ。そして、何よりも医療の質の向上、地域格差の解消にもつながる。そして、患者さんにとっては、医療ミス・処方ミスや待ち時間の短縮につながり、医療に対する満足度は上がる。
今は、医療費の削減をする時ではなく、医療分野への大投資をすべき時なのだ!
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編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2025年2月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。