トランプ大統領が推進するロシア・ウクライナ戦争の停戦交渉の圧力に対して、ヨーロッパは混乱気味だ。
2月28日のオーバル・オフィスにおける「口論」の後、ゼレンスキー大統領を擁護する姿勢を、ヨーロッパ諸国指導者が次々と打ち出した。傷心気味だったゼレンスキー大統領を支えるために、あらためて緊急会議を開いた。トランプ大統領やバンス副大統領のウクライナへの姿勢を批判するトーンの発言も隠そうとしていない。
カラスEU外交安全保障上級代表などは、「自由世界には(アメリカに代わる)指導者が必要だ」と発言するなど、トランプ政権への不信感を隠すことなく、タカ派路線を続ける勢いを見せている。フォンデアライエン委員長も、EU諸国の防衛費の大幅な増強を提案するなど、強気の姿勢を崩していない。
ところが、ヨーロッパ諸国の指導者層は、トランプ大統領の豹変を懇願している。選挙の洗礼を受ける必要がないEU指導部とは異なり、各国指導者は、選挙で国民の信任を得られる政策をとらなければならない。そのため、アメリカなしでは、戦争の継続はもちろん戦後の関与のあり方も決断できない状態に陥っている。
© European Union, 2025, CC BY 4.0
イギリスとフランスのウクライナへの派兵の可能性が語られている。だが、今のところ二カ国に続く国は現れていない。
そもそも欧州軍の派遣は、あくまでも停戦が成立してからの話だ。英・仏・宇の「停戦案」は、トランプ政権に大きく歩み寄った内容だ。
バイデン政権時代の欧州諸国は、「ウクライナは勝たなければならない」の一点張りだった。「停戦案」を語ったり、ましてや提案したりするような姿勢を見せたことはなかった。
ヨーロッパ諸国は、トランプ政権を批判する姿勢を見せながら、実際には何とかトランプ大統領におもねる機会をうかがっている。トランプ大統領から主導権を奪ったうえで、アメリカの大規模な関与だけを引き出す夢物語を捨てられない。だがそのようなご都合主義が上手く行きそうな兆しは、今のところまだ見られない。
ウクライナのゼレンスキー大統領こそが、精神不安定な状態にあると言わざるを得ない。オーバル・オフィスで声を荒げて口論を挑んでみたと思ったら、トランプ大統領との関係改善を懇願するような声明を出してみたりする。そして自分も和平合意を望んでいると発言してみながら、プーチン大統領との交渉には否定的だ。
過去3年にわたり、ヨーロッパの指導者たちは、「ウクライナは勝たなければならない」と発言し続けた。そのような発言を裏付けていたのは、「超大国アメリカがこっち側だ」という感覚であった。ところが今やそのアメリカがウクライナへの武器支援・情報支援を差し止めたりしている。
ヨーロッパは、アメリカを見限って「ウクライナは勝たなければならない」主義をどこまでも貫いていくか、あるいは“しれっと”そんなことを言っていた過去をなかったことにして誤魔化しに入るか、選択を迫られている。
口では、アメリカなしでもヨーロッパだけでロシアに勝利を収めることができるかのようなことを語る者もいる。しかし過去3年間の巨額の軍事支援をもってしても、ウクライナ軍はロシア軍に勝てていない。それどころか、ゼレンスキー大統領は、クルスク州に侵攻するといった合理性のない作戦に資源を投入し、結果としてロシア軍の優勢を招いてしまっている。
ロシアに対する経済制裁も掛け声倒れで実効性がないだけでなく、しかも欧州諸国に物価高のブーメランとなって跳ね返ってきている。この上さらに「ウクライナへの支援を倍増します、期限は設けず半永久的に続けます」と言って、「仕方がないんだ、なぜなら『ウクライナは勝たなければいけない』んだから!」という説明だけで、なお国内選挙に自分が勝利し続けることができると思っている指導者は、皆無だろう。
そもそもまずゼレンスキー大統領自身が、「ウクライナは勝たなければならない」主義を貫くことによって、自分は選挙に勝利できると考えているのか疑わしい。
明らかにヨーロッパは苦境にある。このまま威勢のいい言葉を発し、全てはトランプ大統領が無能だから起こっていることだ、とさえ言っておけば、ダラダラと現状を維持できる、と思っている者はいないはずだ。だが打開策がない。全ては「ウクライナは勝たなければならない」主義を3年間もの長期にわたって続け過ぎたことが原因である。
地理的に遠いため深刻度が低いだけで、日本も同じ事情を抱えている。
巷では、トランプ政権の評判は悪く、ヨーロッパが良識派として扱われている。率直に言って、日本の学者・評論家・ジャーナリスト層のトランプ政権に対する侮蔑の度合いが激しすぎる。
しかし「ウクライナは勝たなければならない」がどうなったのか説明責任を果たすことなく、ただただひたすらトランプ大統領が無能であることが問題であると述べ続けていれば、それで何とかなっていく、と本当に信じているのだろうか?
先行きの見通しが非常に暗い。
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