第二次トランプ政権は関税のヘッドラインを撒き散らすと共に、イーロン・マスク率いるDOGEを使いながら連邦政府の人員削減と歳出削減も目指してきたことが知られている。
Department of Government Efficiency(DOGE)は、2025年1月20日に第2次トランプ政権が発足した後、イーロン・マスクを中心とする非公式なチームとして設立された政府効率化を目的とする組織である。正式な政府機関ではなく、大統領直属の諮問グループとして機能し、連邦政府の人員削減、予算見直し、無駄の排除をミッションとする。イーロン・マスクの技術的知見と民間経営手法を活用し、迅速かつ大胆な改革を目指すとされている。
ふざけた名前ということも相まって、昨年12月や今年1月に米国経済について語る場で「イーロン・マスク率いる政府効率化省・DOGEによる歳出削減が」と口に出すのはかなり恥じらいを伴う行為であったのではないか。
経済学には経済とはあくまでも生産性やサイクルを、データを分析してチャートを伸ばしながら語るものという矜持があるようで、政治、それも陰謀論スレスレのヘッドラインを追い掛けるのは勇気がいる。真面目に議論した研究でも、2023年歳出6.75兆ドルの中で裁量的支出が1.7兆ドルしかないので2兆ドルの削減など到底無理、というところで議論が止まってしまう。それよりも将来の大規模な減税の方が重要イベントであり、第二次トランプ政権はバイデン政権対比でも財政拡張的な政権になると人々は信じて疑わなかった。
本ブログはもちろんその諦めの境地に達していない。事実として第一次トランプ政権は財政赤字をGDP比3%から5%にかけて緩やかに拡大させたものの、パンデミックの2年間を除くと、バイデン政権の下では財政赤字がGDP比は6%台と遥かに高い水準で推移した。言うまでもなくバイデン政権の放漫財政はインフレの長期化を招いた。それを今更になって「裁量的支出が少なく、削るのは難しい」と言うのか?
2025年1月後半からDOGEの運営が実際に始まると、その動きを人々が目にするようになってきた。最初にDOGEが取り組んだのは1月末からのUSAID(UnitedStates Agency for International Development、米国際開発庁)への攻撃であり、多くが正体不明の若者エンジニアと推測されるチームがUSAIDの機密情報にアクセスして「不正や腐敗」の証拠を探した。
結局、不正や腐敗は見つからなかったわけであるが、それでも第二次トランプ政権は海外援助を90日間停止する大統領令に署名するなど、USAIDの事業を縮小する方向性を先に決めていたため、USAIDの全世界で1万人以上の職員を290人に削減すると決定した。
職員削減の動きはすぐに連邦政府全体に波及した。トランプ政権は1/28に連邦政府職員230万人のうちの200万人を対象に2/6を期限に、奨励金(退職後も9/30までに給与支払い)を提示し退職勧奨を発表した。2/6までに全職員の2.5%に当たる6万人がこれを受け入れたと発表され、最終的には7.7万人が応募したとも言われている。
次に法的に身分を保障されておらず解雇を巡るハードルが低い試用期間中(採用から1~2年以内)の職員に照準を定めた。こちらの対象になったのは20万人程度とされている。残りの連邦職員は素早く一方的に解雇するのが困難であるが、トランプ政権は更なる大規模な人員削減を目論んでいる。
逆にこれまでの解雇についても裁判所でその正当性が争われており、龍頭蛇尾に終わる可能性も残る。一旦解雇した職員を呼び戻すケースもあった。
事実として、放漫財政のバイデン政権の下で政府部門の採用は増え続けた。これまでの米国の労働市場の堅調さの一部を絶え間ない政府部門の新規雇用が支えてきたのである。ということは、元に戻すのは少なくとも業務的には問題になると思えず、一部のエコノミストは年末までに50万人超の雇用が失われる可能性を想定する。
このように、歳出削減額が限定的でも、DOGEは既に労働市場の方に影響を与え始めているようである。
早速、コロンビア特別区の新規失業保険申請が増え始めたのを視認できるようになり、「ワシントンDCリセッション」と呼ばれるようになった。もっともその数はせいぜい2千人程度であり、新規失業保険申請件数というデータ全体に与えたインパクトは限定的であったし、地域的にもワシントンDCに集中する公務員の失業が全国の堅調な雇用情勢を一発で変えられるとも思われなかった。現に次の週のイニシャル・クレームは減少に転じた。
このように、いかに大規模な連邦職員の解雇とは言ってもそれがいつ労働市場のデータに現れ始めるかは予想しづらく、金融市場がそれを材料視するのは簡単ではない。
連邦職員の解雇は労働市場にどのような形や規模の緩みをもたらし、様々な雇用系指標にそれはどう出て来るだろうか。
最初に大規模な人員削減が観測されたのは、3/6に発表されたチャレンジャー人員削減数である。本ブログはチャレンジャー人員削減数(Challenger Job Cuts)を最先行指標と扱ってきた。2月中の解雇数は3月初旬には発表される。
2月の人員削減数はそれまでの毎月5万人程度のペースだったのが、17.2万人まで膨れ上がった。うち連邦政府によるものが6.2万人を占めた。新規失業保険申請件数(Initial Jobless Claims)はチャレンジャー人員削減に遅行する。
民間部門の解雇の背景についてチャレンジャー・グレイ・クリスマス社は「DOGEが主導する解雇に加え政府契約の破棄、貿易戦争への警戒」を挙げている。より長期的には、解雇された公務員は民間部門の労働市場にも流入し、民間部門の求職者と競合するだろう。
新規失業保険申請件数は週次であり速報性が高いと思われているが、チャレンジャー人員削減数の遅行指標である。失業保険をすぐに申請する従業員もいれば、休暇を決め込んで申請が遅くなるケースもあり、解雇の影響は徐々に現れると思われるためである。
2022年以降、チャレンジャー人員削減数が月次で2万~10万の間で揺れ動いてきた間、新規失業保険申請件数は20万~26万の間で揺れ動いてきた。という中でチャレンジャーが17万人まで急増すると、イニシャル・クレームは申請タイミングのバラつき方にもよるが、数週間後のどこかで30万人を突破する可能性が高い。
非農業部門雇用者数(Nonfarm Payroll:NFP)は月次で発表され、農場労働者などを除く雇用者数の変化を測定する。連邦政府の従業員も含まれ、解雇はNFPを減少させる。
NFPの調査期間は月の12日を含む給与期間であり、2月12日以前の解雇が2月分レポートに含まれると考えられる。2月13日以降の解雇は3月分のレポート(4月初旬に発表)に含まれるだろう。これまでのヘッドラインを見ると、早期退職の7万人は3月発表の2月分NFPに影響を与え、試用期間に解雇された職員は4月発表の3月分NFPにカウントされるだろう。
失業率は月次でNFPと同時に発表され、労働力人口のうち仕事を探しているが仕事がない人の割合を示す。調査週(月の12日を含む週)中に仕事探しを始めればその月の失業率に反映される。発表タイミングはNFPと同様であるが、解雇された従業員がすぐに職探しを始めるとは限らず、解雇のインパクトが出るタイミングはNFPより一拍子遅いだろう。
まとめるとDOGEの影響はチャレンジャー、NFP、イニシャルクレーム、失業率の順に出ると思われる。
編集部より:この記事は、個人投資家Shen氏のブログ「炭鉱のカナリア、炭鉱の龍」2025年3月7日の記事を転載させていただきました。