トライアルの「かつ重299円(税込)」が西友を救う

西友は高くなった。

「粗利率がずいぶん低い商品を売っていることがある。部門の担当者に『何でこんな商品を売るんだ』と聞くと、『売れるからです』と。商売の目的は売ることじゃない。利益を稼ぐことだ」
「就任以来、社内で売り上げは追うなと強調しており、下げろとまで言ってきたくらいだ」

『週刊東洋経済24年6月1日号』

「粗利率が低い商品」とは、客からすれば「お得感がある商品」だ。かくして西友の棚からお得感が消失し、来店客は減少し、来店に伴う「非計画購買」も減少した。非計画購買とは、衝動買いや、ついで買いのことを言う。買い物の「9割弱」を占めると言われている。

この非計画購買に注力しているのが、ディスカウントストア「トライアル」である。お得感がある商品で客を呼び寄せ、店内のデジタルサイネージ(ディスプレイ)で非計画購買を促す。

西友を買収する「トライアル」とは何者か? 特徴を見てみよう。

トライアルホールディングス
プレスリリースより

来店頻度を高める仕組み

トライアルの特徴は、安価な商品、独特の決済システム、そしてITを活用した売り場づくりである。

商品は非常に安い。例えば、水だ。西友のプライベートブランド「みなさまのお墨付き 富士山系の天然水 2L」89円に対し、トライアルの「阿蘇くじゅうの天然水 2L」は59円(※)。食パン(1斤)は西友の124円に対し、トライアルは99円。「ロースかつ重」に至っては、西友の592円に対し、トライアルは299円である。安い商品に惹かれ、客が店に訪れる。囲い込みにも余念がない。決済システムが独特なのだ。

(※価格はすべて税込)

TRIAL MAGAZINE(トライアルマガジン)より

トライアルでは、クレジットカードや電子決済が使えない(※1)。使えるのは、専用プリペイドカードと専用スマホアプリ、そして現金だけだ。目的は、手数料を削減し商品価格を安くすること。そして「トライアル経済圏」を構築することだ。トライアルのプリペイドカードは他店では使えない。使い切るため、また店を訪れる。プリペイドカード主体の決済システムは、小さな「経済圏」を構築し、再訪店を促す効果が期待できる

非計画購買を促す仕組み

トライアル店内に入ると、各コーナーに設置された大型モニター(デジタルサイネージ)が目につく。カランカランというベルの音(そしてBGM)とともに、全モニターに映し出されるのは、

「ただいま出来立て! 4種の醤油と生姜が香る唐揚げ」
「出来上がりました! かつ重299円 大人気!!」

総菜情報である。揚げたての唐揚げ。出来立てのかつ重。総菜コーナーは、すでに人だかり。ついつい並んで手に取ってしまう。ショッピングカートのスキャナーでバーコードを読み取ると、ドレッシングの割引クーポンが表示される。そういえば、そろそろ無くなる頃だ。買っておこうか……。

安価な商品で初来店を促す。プリペイドカードで再来店を促す。店内のデジタルサイネージやショッピングカートで非計画購買を促す。その巧妙な仕組みで、トライアルは24期連続増収である。では、買収される西友はどのような状況か。決算公告直近2年分(2022年12月期~2023年12月期)を見てみよう。

利益増・売上減少の西友

注目すべきは売上高と粗利(売上総利益)だ。売上は7054億円から6648億円へ「406億円」減っている。だが、粗利は「8億円」増えている。粗利が多い商品、すなわち「高付加価値商品」が増えた、ということだ。

高付加価値と言えば聞こえは良い。だが、価値が高いのは企業にとってであり、消費者にとっては、お得感が少ない「高値」商品だ。このような商品ばかりが棚を占めると、来店頻度は低下する。それに伴い売上も減少していく。22年から23年にかけては、「客数」減のマイナスを「高値」のプラスが補っていた。

成城石井(gあたり5.29円)より高い西友のPB(gあたり7.07円)
両社ウェブサイトより

だが、この先どうなるか。さらなる客離れが起こる。少し遠くても、安い他店で日用品を買い、近くの西友では急ぎの商品・納得価格の商品だけを買う。いわば「西友のコンビニ化」である。やがて、「客数」減のマイナスが「高値」のプラスで補えなくなり、利益が減少していく。そうなる前に、西友売却を決めた「KKR」のタイミングは絶妙だった、と言える。

ウォルマート回帰する西友

今回のM&Aにより、西友は改善に向かう可能性が高い。両社の相性が良いからだ。関東圏が手薄なトライアルと関東圏が強い西友は、立地面でカニバリズム(同企業内競合)を起こさない。ウォルマート傘下時代の安い西友を望む顧客と、「和製ウォルマート」と呼ばれるトライアルとは親和性が高い。ともに24時間営業であることも奏功するだろう。

今後の展開でもシナジー効果が期待できる。トライアルは、「トライアルGO」の首都圏展開を計画している。トライアルGOとは、40~300坪の小型トライアルだ。トライアルを「母店」(倉庫)とし、その母店から生鮮食品・スイーツ・総菜などを供給している。今後は、西友を「母店」とするトライアルGOを首都圏で展開していくという。

これは、西友の大久保社長がネットスーパーで採用していた手法でもある。

「当社のネットスーパーのような店舗型なら店舗の資産を有効活用できます。店舗に商品が並んでいて、在庫がある。ピッキングしやすく陳列されている。すごい資産ですよ。バックヤードのスペースは空いていて、出荷スペースも余裕がある。生産設備もあり総菜もつくっている。鮮度の良い商品を届けるために資産を有効活用できる。設備投資がほとんどかからず売り上げがかなり伸びますから、投資効率が高い事業です」

西友・大久保社長 データ分析で特売減らし、安売り脱却|日経ビジネス(2024年8月9日)

この潤沢な西友資産の継承は、トライアルGOの出店を後押しするはずだ。

地に足が付いた経営

一方、懸念もある。その1つが、プライベートブランド「みなさまのお墨付き」への過度な期待だ。1月の記事に書いた通り、西友のプライベートブランドのコスパは決して良くはない。

イオン?ドンキ?トライアル?:誰が西友を買うべきか
近隣に西友ができて40年が経つ。 「無印良品があるのが羨ましい」。デザイナーの知人に言われたのは、西友がセゾン傘下だった頃。 「安いものが一箇所で買えるのが羨ましい」。関西の友人に言われたのは、西友がウォルマート傘下だった頃。 ...

M&A完了後、早急に中身を吟味して欲しい。もう1つは西友ブランドの扱いだ。早めにトライアルブランドに変え、刷新感を出しても良いのではないだろうか。

先の記事では、ドンキ・イオンと比べ「親和性が高いのはトライアル」と記した。実際にトライアル買収が決まったことは、消費者としては喜ばしい。もう、ファンドの意向に右往左往させられることはない。地に足がついた経営をしてほしいと思う。

筆者撮影

【注釈】
※1
トライアルの支払い方法まとめ
クレジットカードは、一部店舗で、一定金額以上かつ(レジではなく)サービスカウンターでの決済のみに対応している、との非公式情報がある

【参考】
株式会社トライアルホールディングス決算資料
合同会社西友 決算公告(直近公開は令和4年と5年)
イオン?ドンキ?トライアル?:誰が西友を買うべきか | アゴラ 言論プラットフォーム(2025年1月22日)