AfDは「ヒトラーとスターリンの同盟」を再来させるか

前回の続き。今月の『文藝春秋』のコラムをドイツ政治史の古典で書いたのは、もちろん2月の同国の総選挙で、極右と呼ばれるAfD(ドイツのための選択肢)の躍進が予見されていたからである。

ナチスを台頭させ、民主主義を滅ぼした「お気持ち司法」|Yonaha Jun
今週発売の『文藝春秋』4月号にも、連載「「保守」と「リベラル」の教科書」が掲載です。なんとついに! 今回、歴史学者の著作が初登場(笑)。 東大西洋史の教授で、のち総長も務めた林健太郎が1963年に刊行した中公新書の古典『ワイマル共和国 ヒトラーを出現させたもの』です。 林健太郎『ワイマル共和国』 | 與那覇 ...

よく指摘されるが、2013年に反EU政党として結成され、近年はむしろ「親露派政党」として知られるAfDは、旧東ドイツの地域で圧倒的に強い。もちろん背景には、東西統一後の「こんなはずじゃなかった感」があるわけで、そうした剥奪感はこれから歴史を、大きく動かす可能性がある。

前に書評したけど、国際政治学者の高坂正堯は、親米反共の人だったにもかかわらず、90年のドイツ統一を「性急すぎる」と危惧した。旧東独でのAfDの台頭は、彼の不安を立証したともいえる。

“筋金入りの親米”国際政治学者「高坂正堯」がレーガンを突き放し、東西ドイツ統一を批判したワケは? | レビュー | Book Bang -ブックバン-
親米派でも“勝利”の世論に浸らなかった 「彼は真っ当な人間でないところがありました。…

89年の冷戦終焉とは、無意味な軍事費の増大に参ってソ連が先に音を上げただけに過ぎず、レーガンの不誠実な財政のために、内実としては米国もボロボロになるまで堕ちていた。ベルリンの壁崩壊が「自由の勝利」として謳い上げられた当時、かくも突き放した認識を示した学者は、他に見当たらない。

だから高坂は、このとき国際世論の歓呼を浴びていた「東西ドイツの統一」(講演後の90年10月に実現)にも批判的だ。一年前には、誰も統一など想定すらしなかったではないか。それにもかかわらず一目散に突き進むのは、かつて全体主義一辺倒に陥ったドイツ固有の国民性に過ぎないのではないかと。

分裂していたドイツが統合され、経済と軍事の双方で卓越した強国に戻ることは、再び他の欧州諸国に懸念を抱かせ、波乱の種をまくと高坂は危惧した。2016年のブレグジット決定以来勃興するEU懐疑論を、すでに見通していたとも言える。

強調は今回付与

1996年に急逝する高坂は、死の前年に出した『平和と危機の構造』でも、「強大なドイツ」はつねに英仏に警戒され、ロシアに寄っていくのではと疑われたことを指摘している。実際に①19世紀のビスマルク時代にも、ともにヴェルサイユ体制の下で疎外された②第一次大戦の後でも(1922年のラパッロ条約)、「独露接近」は事実として起きた。

平和と危機の構造 -高坂正堯 著|中公文庫|中央公論新社

しかし、それらも③第二次大戦後の共産化(東ドイツ建国)も、上から、ないしやむを得ずのロシアへの接近だった。これに対して今回、民主的な選挙を通じた「下から」の民意で、西側を捨ててロシアと組もうと謳う政党が支持を集めたのは、かなり新しい局面だろう。

実は、保守派と呼ばれる高坂とはちょうど逆だけど、戦後西ドイツの「リベラルの象徴」だったハーバーマスも、同じように性急な東西ドイツの統一を懸念したことで知られる。

西ドイツの「ボン基本法」は暫定法で、東西統一を迎えた際に「真の憲法を制定する」というタテマエだったのだが、現実には同法の下に東側を包摂する形で、ドイツは統一されてしまった。それは西側による東側の「併合」であり、禍根を残すとハーバーマスは見たわけだけど、そんな青臭い理想論が意外と、現実を射ていたわけである。

Jürgen Habermas(1929-)
2004年の京都賞受賞時

さて先月の総選挙に際しては、新聞に面白いチャートが載っていた。第二党に躍進したAfDと、将来キャスティング・ボートを握れる議席を得た左派党(Die Linke)とが、奇妙にも共通してウクライナ支援に反対なのだ。

左派党の母体は、かつて東ドイツを支配したソ連の衛星政党だから、親ロシアなのはそうだろうけど、ナチスに甘い極右と、共産主義に懐古的な左翼が、背中合わせに手を携えて「独露連携」で復権してくるとは、相当に不気味な話ではある。

読売新聞(2025.2.25)より

しかし周りを見ると、オーストリアは24年9月の選挙で極右が第一党(政権からは排除)、スロヴァキアは23年の秋から左派だけど親露政権、ハンガリーは前から親ロシア、ルーマニアでは親露派候補の大統領選出馬を公権力が規制して(今月ついに立候補禁止)、かえって米国のヴァンス副大統領から「自由の制限」だと批判を受けている。

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1989年のベルリンの壁崩壊の前後には、こぞって自らソ連圏を離れ、西側の自由主義へと殺到したはずの東ヨーロッパが、むしろ「EUよりはロシアでいいかな?」と傾き始めているのは、著しい時代の転換だ。しかもそれが、「ロシアがいかに悪逆か」を示したはずのウクライナ戦争の最中に起きているのは、もっと驚かれて然るべきだろう。

そしてもちろん、現実と認識が食い違うなら、認識の方が間違っている。「うおおお、ロシアの工作! ロシアの干渉!」といくら叫んでも、工作であっさり覆るくらい西側への支持が薄っぺらだったなら、もともとどこかに問題があったのだ。それがまさに、ヴァンスが2/14のミュンヘン安保会議で、欧州を叱責して述べたことである。

冷戦後には「完全勝利」に見えた、自由民主主義の世界を統合する力が、かつてなく弱まっているというか、だいぶ前からハリボテだったことを露わにしつつある。何も考えないままでは、いつか戦前の独ソ不可侵条約(1939年8月)みたいになって、日本の政治家もセンモンカも「欧州情勢は複雑怪奇」以外の言葉を失うかもわからない。

好評だった前編に続いて、この問題を議論する浜崎洋介さんとのウェビナー後編が、3/14から文春プラスで無料配信されている。ぜひ多くの方の眼に触れて、これまでの前提から考え直す機会になるなら幸いです。

参考記事:ウェビナー前編は1つめから。

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(ヘッダーは、2024年8月の日本経済新聞より)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年3月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。