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ロシア・ウクライナ戦争をめぐりロシア領クルスク州に攻め込んだウクライナ軍が、大量の欧米支援の武器も放棄して敗走し、クルスクでの戦闘は終結を見せようとしている。トランプ米国大統領の停戦調停交渉が段階的な進展を見せてきている。
そんな現実とは別に、「言葉狩り」と言わざるを得ないことで、日々SNSが盛り上がり、ニュースが作られている。戦場の惨状と、交渉の緊張とは、全く別のところで、観客たちが、わかりやすく興奮できる題材に飛びついている、という状況である。
トランプ大統領が、クルスク州でロシア軍に囲まれている(surrounded)数千人のウクライナ兵の命を助けてほしいとロシアのプーチン大統領に要請したところ、プーチン大統領が捕虜としての取り扱いをするという返答をした。
このやり取りには背景がある。プーチン大統領は、それ以前には、クルスク州で捕らえられたウクライナ兵は、「テロリスト」として処罰する、と発言していた。国際人道法を適用して戦時中の捕虜としての取り扱いをせず、しかも厳しい刑罰を科す、という意図を伝えた発言として注目された。
これに対しては「国際人道法を適用せよ」と要請するのが、法律的なアプローチであろう。それを停戦調停中のトランプ大統領が、「生命を奪わないでほしい」、というトランプ大統領らしい言い方で要請した。この言い方の是非については多々意見があるかもしれないが、結果としてプーチン大統領は、「国際人道法を適用する」と答えたのに等しい回答をした。
重要なのは、捕虜の保護という結果である、という観点から見るならば、意味のあるやり取りであったはずである。もしウクライナ兵が捕虜としての取り扱いを受けられなければ、停戦交渉の進展にも悪影響を与えることは必至であった。
このやりとりに端を発して、しかし実質内容とは無関係な場外乱闘のような構図での盛り上がりが、SNSやメディアで巻き起こった。日頃からウクライナ側に立った言説を展開している評論家やジャーナリスト層が、トランプ大統領の認識あるいは言葉に、一斉に反発したのである。
「surrounded」というトランプ大統領が用いた言葉は、比較的漠然としたものであったと思われる。だが糾弾者たちの間では、これが示し合わせたように「encircled」という言葉に置き換えられた。そして、「完全包囲(encircled)されているウクライナ部隊はない、トランプはプーチンに騙されて間違った認識を披露している」という糾弾がなされる根拠とされていった。
トランプ大統領を糾弾している方々は基本的に、日ごろから停戦反対の立場をとって、プーチン大統領とトランプ大統領がコミュニケーションをとっていることそのものを非難してきる方々である。どんなものでもいいので非難する材料があれば飛びついて非難する、という姿勢なので、あまり内容のある言葉狩り論争ではない。
わざと一様に「surrounded」を「encircled」だと言い換えたうえで、「encircledされた部隊はない」といった、トランプ大統領とプーチン大統領の間のやりとりの実質的意味のある部分とは無関係なところでの言葉狩りをしてみせるのは、かなり操作的である。
トランプ大統領は「encircled」とは言っていない。ISWのコメンタリー部分はネオコンの本性丸出しだよ、って前から言っているのは私だけではないが、トランプ大統領就任以来、ほとんど匿名軍事評論家と同じになっている。https://t.co/jBSYxjDdwMhttps://t.co/awAwt5JFHJ https://t.co/p3B22I8rCB https://t.co/U5oKAxSJdr
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) March 15, 2025
要するに、何か停戦交渉につながる題材で、プーチン大統領だけでなく、トランプ大統領も糾弾できる話題がほしい、内容は何でもいい、と渇望している方々が、相当数存在しているのだ。そこには立派な評論家やジャーナリストや学者の方々までも数多く含まれている。
しばらく前から、日本において、これらの人々は「ウクライナ応援団」などと総称されたりしていた。だが今やウクライナの何を応援しているのか、定かではない。活動内容は、もっぱら他者の糾弾である。
もちろん糾弾対象の筆頭はプーチン大統領だが、今やロシア人全般が糾弾対象である。さらには少しでも「ロシア寄り」とみなせるような発言や態度を見せた人物は全てが糾弾対象である。プーチン大統領と会うことはもちろん、話をするだけで、「プーチン寄り」とみなされて、一斉糾弾の対象とされる。
外交関係の場面では、ハンガリーのオルバン首相や、モンゴルのフレルスフ大統領らが、「プーチンと会った」という理由で、激しく糾弾されてきている。欧州各国の国内社会でも「親露派狩り」の現象が顕著で、最近ではルーマニアで大統領選挙の最有力候補が「親露派的である」という理由で、立候補を禁止される事件が起こった。
同じような事情は、日本でも顕著に発生している。著名な言論人や政治家、あるいは華々しい業績のある学者であっても、「十分にロシアを非難してウクライナを擁護していない」という理由で、「親露派」の烙印を押されて非難の対象となってきた方々が、無数に存在している。
「ウクライナ応援団」とは、実態としては、「親露派バスターズ(撲滅団)」である。
留意すべきは、この「親露派バスターズ」が攻撃対象としているのは、単にロシア政府高官のような人物たちだけではない、ということである。日々のエネルギーの多くが、ロシアではない自分たちの社会の中の「隠れている親露派」の糾弾のために費やされている。
実際には親露派と言えるような立場をとっているのか不明な人物についても、時には「隠れ親露派」の烙印を押し、積極的にあぶり出し、犬笛を吹いて注目を呼び寄せて糾弾対象にしていく、という事例をいくつも作ってきている。「インフルエンサー」が、SNSで「〇〇は『闇落ち』した」といった宣言で犬笛を吹くと、一斉にフォロワーたちが扇動される、という具合である。
非常に厳しい状況である。まずこの「隠れ親露派狩り」は、終わりがない。国際社会では、ウクライナへの支持が目に見えて減ってきている。2022年の時点で141カ国が賛同した国連総会におけるロシア侵略非難決議は、今年の2月には93カ国の賛成票しか得ることができなかった。
ゼレンスキー大統領は、昨年6月にスイスで開催した「平和サミット」の後、さらに「グローバル・サウス」諸国を取り込んで第2回をすぐに開催すると言っていたが、実施時期の見込みをどんどんと遅らせていった挙句、今はその話題を口にすることすらありえないような状況になってしまっている。
「隠れ親露派バスターズ」の活動の先鋭化が、より広範な支持の獲得につながるとは、到底思えない。むしろ一人、また一人と、ウクライナ支持者を引きはがしているような状態である。現在では、ウクライナの最大の支援者であったアメリカが、トランプ大統領という「隠れ親露派」の代表のような存在を得て、日々の糾弾・揶揄・侮蔑の対象となっている。
そんなことをして、いったいどのような利益が、ウクライナにもたらされると考えているのかは、不明だ。だがここまでくると、誰にも容易には「親露派バスターズ」活動を止めることはできない。裏切者とみなされて自分までも粛清の対象となることが怖いからである。ひたすら「隠れ親露派狩り」にいそしむ姿を仲間に見せ続けるしかない。
この事情が最も根深いのは、ウクライナ国内であろう。ただ国際的な注目度が高いために、外国人あるいは在外ウクライナ人が、ひっきりなしに盛り上げ役をやっているようなところがある。
「この戦争は終わらない」というこの界隈の従来からの主張にもかかわらず、あるいは停戦を口にする者に対する「親露派バスターズ」の活動にもかかわらず、戦争は停戦に近づいている。
しかしロシア・ウクライナ戦争の停戦後の平和構築の見込みは、非常に厳しいと感じる。日本はウクライナの支援に関与せざるを得ないが、甘い気持ちで関わると、痛い目にあうだろう。
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