石破茂首相(自民党総裁)が衆議院議員1期生に10万円の商品券を配布した「商品券問題」に関して、厳しい批判の声があがり、国会での追及も続いている。
国民が物価高、米価格の高騰などに苦しむ中、首相公邸での会食の「土産」として高額の商品券のやり取りを行うこと自体が国民の感覚とあまりにも乖離しており、清廉なイメージであった石破首相に対する失望と、道義的責任を問う声が高まるのは当然である。

NHKより
しかし、そもそも、この「商品券の贈与」が問題化したのは、政治資金規正法21条の2第1項(政治家個人の政治活動に関する寄附の禁止)に違反する可能性があるという「政治資金規正法違反の疑い」が根拠になっている。
それに対して、石破首相は、
「商品券は、議員の家族への慰労のための個人的なものであり、政治活動に関するものではない」
と説明しているが、首相公邸で官房長官等も同席して国会議員を招いて行った食事会の土産が「政治活動ではない」という説明には合理性がない、ということで、ここまで問題が大きくなっているのである。
従来、政治活動が広くとらえられ、それに関する収支が広範囲に課税の対象外とされてきたことに照らしても、今回の首相公邸での食事会に伴う「商品券の贈与」が政治活動ではない、という説明は通らないであろう。
「政治家個人宛寄附禁止」は“政治資金パーティー裏金”にこそ適用すべきだった
しかし、そもそも、今回の問題での石破首相への批判の発端になった「政治資金規正法21条の2」が、いったい、どういう規定なのか、どのような経緯で設けられ、どのように運用されてきたか、などは全て無視されているように思える。
とりわけ重要なことは、一昨年末から自民党を直撃し、派閥の解散、岸田首相の退陣、石破首相の誕生、衆院選での自民党惨敗による少数与党転落の原因となった「政治資金パーティー裏金問題」で、本来、「裏金議員」に対して適用されるべきだった政治資金規正法の規定が、この「21条の2」であった。
派閥政治資金パーティーの還流金の「裏金」は、「収支報告書に記載しない金として供与されたもの」なので、政治団体ではなく、政治家個人宛寄附と捉え、「21条の2」の規定を適用する方向で捜査するべきだった。そうすれば、政治家個人に帰属したことを前提に、雑所得としての所得税の課税も可能だった。
検察が、その規定を適用せず、「無理筋」の資金管理団体、政党支部の「収支報告書虚偽記入罪」に問うという誤った方向の捜査を行い、政治団体への寄附であったとして収支報告書の訂正をすることで済ませてしまったために、「裏金議員」の処罰は、現時点では、谷川弥一元衆院議員の略式罰金のみにとどまり、虚偽記入罪で起訴された池田・大野議員も、公判の見通しすら立っていない。
「裏金議員」は、処罰を免れただけでなく、本来、行うべき所得税の納税すら行わず、それが、国民の激しい怒りを買うことになった。
この裏金事件を含め、検察が、政治家個人宛寄附を禁止する「21条の2」の規定を適用した事例は、皆無なのである。まさに、典型例であった「政治資金パーティー裏金問題」でも検察が適用しようとしなかったことからも明らかなように、この規定は、事実上「死文化」している。
この問題は、私の検察での捜査経験に基づき、Yahoo!記事や、様々なメディアで繰り返し指摘してきたし、近く公刊する拙著『法が招いた政治不信』でも、詳しく述べている。
西田昌司参議院議員は、
「石破さんはそういうことを一番言ってきたタイプの人だ。なぜこういうことになっているのか」
と苦言を呈した上、
「予算を通したら、もう使命を果たしたのだから、退陣されるのが正解だ」
と述べたとされているが(3.14付け毎日)、安倍派の政治資金パーティー裏金問題で411万円の還流金を認めている議員の発言とは思えない。「裏金議員」として、本来「21条の2」違反の刑事責任を問われる可能性があったことを認識すべきであろう(西田議員には、【上記拙著】を謹呈し、是非お読み頂きたいと考えている。)。
しかも、政治資金パーティー裏金問題での、「政治家個人宛の寄附」違反の問題は、決して、「解決済み」の問題ではない。
丸川珠代元参議院議員に対する私と上脇博之神戸学院大学教授の告発事実が、まさに、この政治家個人宛寄附禁止違反である。検察は、「嫌疑なし」として不起訴にしたが、10月に行った検察審査会への申立の審査が継続しており、近く議決が出る見込みだ。
裏金問題で、収支報告書虚偽記入で起訴された池田元衆院議員・大野参議院議員の公判の見通しも全く報じられておらず、この公判でも、本来は、「政治家個人宛寄附」違反で処罰すべき事案であったことが表面化する可能性もある。
また、今年1月、東京都議会の自民党会派で政治団体の「都議会自民党」が政治資金パーティー収入など計約3500万円を会派の政治資金収支報告書に記載しなかったとして、会派の経理担当職員が政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で略式起訴された。
このことで、「裏金問題」が、今年6月に都議会議員選挙を控える自民党都議会議員に「飛び火」しており、ここでも、検察の従来の処理方針どおりに、ノルマ超の売上の還流金は、「政党支部宛の寄附」だったとして処理されようとしている。
ところが、都議会議員の場合、秘書の数も議員によって異なり、事務所による政治資金の収支管理がどの程度行われていたのかも不明で、政治団体側からは「自由に使ってよい金」と説明されていたとされている。柴崎幹男都議の収支報告書訂正をめぐる混乱もあって、「政党支部宛の寄附」で押し通すことはますます困難になっている。(【都議「裏金」収支報告書訂正は“所得税逃れの虚偽記入”、「都議会自民党」は一層窮地に!】)。
商品券問題は「政治活動」かどうかという単純な問題ではない
石破首相への追及は、商品券贈与が「政治活動」であれば、「政治資金規正法違反で一発アウト」という前提で行われているが、この問題は、そのような単純な問題ではない。
直近の「政治資金パーティー裏金問題」での検察の捜査処分からも明らかなように、政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定は全く機能していない。そのため、実際には、政治家間の不透明な金銭等のやり取りが事実上野放しになってきたのである。そういう現実を、今回議論する上で、念頭に置く必要がある。
要するに、石破首相の「商品券問題」は、「政治活動」に該当するかどうか、だけが問題なのではなく、そのような政治活動に当たるかどうかが曖昧な資金のやり取りを含め、政治家個人の間の不透明な金銭等のやり取りに対して、政治資金規正法が全く機能していないことに重大な問題があるのである。
そのためには、「21条の2」の規定が設置された経緯も含め、政治資金規正法の歴史的経緯に遡る必要がある(【前掲拙著】第6章)。
「政治家個人宛寄附」をめぐる政治資金規正法改正の経緯
1970年代、ロッキード事件、ダグラス・グラマン事件等を受けて、政治倫理の確立が当時の大平内閣の重要な政治課題になり、民間有識者及び関係閣僚からなる首相諮問機関「航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会」が設置された。同協議会は、「政治家個人の政治資金の明朗化」を提言、1980年に政治資金規正法改正法が成立、政治家個人の政治資金の公開のための「指定団体制度」「保有金制度」等が導入された。
しかし、1980年代末、リクルート事件等で「政治とカネ」の問題への批判が高まり、自民党は政権を失い、1994年、細川内閣の連立与党と自民党の合意で「政治改革四法」が成立、選挙制度改革・政党助成制度の導入に伴い政治資金規正法の大幅改正が行われた。
企業・団体からの寄附の対象が政党(政党支部を含む)と、政治家個人が政治資金の拠出を受けるべき政治団体としての「資金管理団体」に限定(当初は、資金管理団体にも企業・団体からの寄附が年間50万円まで認められていたが、2000年以降は禁止)され、保有金制度は廃止された。
この政治改革4法の成立の際の政治資金規正法改正により、抜け穴が多くて実効性がないとされていた「保有金制度」が廃止されて政治家個人に対する政治資金の寄附が禁止され、政治家個人の政治資金収支報告書の作成提出義務もなくなった。政治資金規正法21条の2は、それに伴って規定されたものである。
つまり、1994年改正以前であれば、今回のような政治家個人に対する寄附は、保有金として政治資金収支報告書に記載することで合法とされていたが、同改正で、一律に違法とされるとともに、政治家個人の収支報告書への記載義務がなくなったのである。
1994年改正で、なぜ、政治家個人宛の寄附が禁止されたのか。その目的は、政治家個人の政治資金の収支は、資金管理団体に一元化し、政治家の私的収支と政治資金とを切り離すことによって、政治資金を透明化することにあった。
しかし、そのような意図に反し、政治家個人が代表を務める政党支部が企業団体献金の受け皿として認められ、また、国会議員関係団体への寄附の税制優遇が認められたこともあって、国会議員個人をめぐる政治資金の処理は一層複雑化し、どこに帰属するのか不明な政治資金を処罰することは困難となった。
そのために、政治家個人が現金等を直接「裏金」として受け取った場合、どの政治団体、政党支部に帰属するものであるかが特定できないので、政治資金収支報告書の虚偽記入罪等による処罰が困難だという、私がかねてから指摘してきた「政治資金の大穴」問題が生じた。それが典型的に表れたのが、政治資金パーティー裏金問題なのである。
1994年改正で導入された「21条の2」の政治家個人宛寄附禁止規定は、政治資金収支報告書の記載義務に関する違反のように「会計責任者」が義務主体になるのではなく、「政治家個人宛の寄附」と認識して供与した者、受領した者は、「何人も」処罰の対象となる。そのため、政治資金パーティーの還流金も、政治家本人だけでなく、秘書が「政治家個人宛」の寄附と認識して受領すれば、罰則が適用される。
そして、この規定で処罰された「違法寄附」は全額没収となり、国庫に帰属する。この規定を積極的に適用していれば、「政治資金規正法の大穴」も相当程度塞ぐことができたはずだ。
しかし、検察当局は、これまで、政治家個人宛寄附禁止規定の適用は検討すらほとんど行ってこなかった。「21条の2」の罰則が「1年以下の禁錮・50万円以下の罰金」であり、収支報告書虚偽記入罪の「5年以下の禁錮・100万円以下の罰金」と比較して著しく軽いということが、適用を阻害する要因になっているように思える。
各年の政治資金収支報告書が翌年11月に公表され、実際に、発生した政治資金の収支が公開されるまでの期間が平均で1年半程度、年初のものであれば2年近くかかる現行制度の下では、今回の「政治資金パーティー裏金問題」のように、公表された政治資金収支報告書の記載に基づいて問題が指摘され、それが刑事事件に発展して、最終的に裏金の存在が明らかになり、「政治家個人宛寄附の禁止」違反が発覚した場合、その時点でかなりの部分が公訴時効が完成している。そのため、裏金として立件できる金額が限られることになる。
しかし、実際に刑事立件できる金額だけではなく、それに伴って、違法な寄附が没収され国庫に帰属すること、処罰されなくても、所得税の課税が可能であることなども考慮すべきだ。「政治資金パーティー裏金問題」でも、この規定は積極的に活用すべきだった。それを検討すらしなかったのは、検察当局の怠慢と言わざるを得ない。
憲法75条の規定により「総理大臣は在職中、訴追されない」
今回、この商品券問題に関して、「総理大臣の犯罪」として、政治家個人宛の寄附を禁止する「21条の2」違反が問題になり、既に、市民団体による石破首相を被告発人とする告発が行われている。このような状況において、石破首相は、どのような対応を行っていくべきか。
これに関して、見過ごされているのが、憲法75条との関係だ。同条で、
「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」
とされており、総理大臣が自らの訴追に同意することは考えられないので、在任している限り、総理大臣が訴追を受けることは事実上あり得ない。逆に言えば、仮に、その事件で訴追を受けるべきということであれば、潔く辞任すべきというのが、「法と正義」に則った対応ということになる。
商品券問題発覚以降、石破首相は、「政治活動ではない」の一点張りで、刑事責任を否定している。しかし、権力の座にある者として、自らの疑惑に対して、その当事者本人が責任を否定するだけでは、適切な対応とは言えない。
特に、総理大臣の刑事責任の問題は、「在任中の訴追の可能性」が事実上ないのであるから、「本来、訴追されるべき事案か否か」については、客観的、第三者的視点からの検討が行われ、総理大臣として、それを踏まえて判断する姿勢で臨むべきである。
この点については、兵庫県の斎藤元彦知事の対応を「他山の石」とすべきであろう。
自分自身のパワハラ問題、パレード協賛金問題などの告発文書に対して、告発者捜しの調査を行って、知事会見で「嘘八百」などと言って告発者を非難し、懲戒処分を行い、それにより、告発者が自ら命を絶ち、それをめぐって県議会での対立が生じた。
兵庫県の斎藤元彦知事の問題も、自分自身についての疑惑に対して客観的、第三者的な判断を仰ごうとせず、自ら「問題ない」と決めつけたことに、そもそもの問題があった。そのような斎藤知事の姿勢が、兵庫県民のみならず多くの国民からの批判につながり、斎藤氏の岩盤支持者との間の対立の激化、立花孝志氏の介入もあって、今なお県政の混乱が続いている。
石破首相は、総理大臣としての責任において、今回の商品券問題について政治資金規正法違反の成否について、国民の納得が得られるような客観的な検討を行うべきである。
そのために、専門家、実務経験者等による第三者機関を設置し、商品券問題の背景にある政治資金規正法をめぐる構造的な問題、政治家個人をめぐる政治資金の不透明性、課税の不徹底を招いてきた「政治活動」の範囲の曖昧さなどについても検討した上、それを踏まえて、自身の商品券問題についての刑事責任の有無・程度について判断するのが、総理大臣として行うべき対応ではなかろうか。
そこでは、21条の2の「政治家個人宛寄附禁止違反」が問題となる直近の事例である政治資金パーティー裏金問題との関係も当然に検討の対象となろう。