トランプ氏のディール外交は非人道的か

トランプ米大統領はウクライナ戦争の停戦を実現するためにロシアとの間でディールを模索中だが、肝心の当事国の一つ、ウクライナ側は米ロ交渉の場には招かれていない。ウクライナのゼレンスキー大統領がトランプ氏にロシアとの交渉の全権を委ねたとは聞かないから、トランプ氏のウクライナ戦争の早期停戦への自身のイニシャティブが先行していると受け取っていいだろう。

-ワシントンで昨年開かれたCPACの年次総会に参加したトランプ氏、UPI通信

ただ、トランプ氏はウクライナ側とも停戦問題で協議を実施しているから、ウクライナ側を完全に無視しているわけではない。ウクライナ問題へのトランプ氏の対応で欧州諸国から批判の声が挙がるのは、トランプ氏がウクライナ側に多くを要求する一方、ロシア側には融和的なジェスチャーを見せているからだろう。トランプ米政権はロシアのプーチン大統領と一方的にディールし、その結果をウクライナ側に受理するよう強いている、といった印象が払拭できないからだ。

トランプ氏が大統領に選出されて以来、本来はビジネス分野で使われるディールが政治用語となった感がある。ウクライナの戦争はビジネスの物件を話し合うテーマではなく、軍事・政治的テーマだ。そこにトランプ氏がビジネス的な感覚でディールという用語を頻繁に口に出すから、政治の世界に住む指導者はトランプ氏のディールに戸惑いを感じることになる。

例えば、ウクライナ戦争では、その発端はロシア軍のウクライナ侵攻にあることは間違いない。侵略者はロシアであり、それを防衛するウクライナ側は明らかに被害者だ。トランプ氏のウクライナ戦争に取り組む姿勢の中にはそのような侵略国と被害国といった枠組みが限りなく希薄だ。ゼレンスキー大統領がトランプ氏の停戦交渉に少なからず不満を感じる点だろう。ウクライナが被害者であり、ロシアが侵略者だ。にもかかわらず、トランプ氏はウクライナ側に多くの譲歩を要求する一方、プーチン氏に対してはほぼ全ての条件を受け入れるような姿勢を見せている。米国務省ではロシア批判はあたかもタブーとなっている。

トランプ氏にとってウクライナ戦争の早期停戦の実現は大統領選の公約の一つだ。日頃からディールの名手を自負してきたトランプ氏にとって自己の能力を証明するチャンスと受け取っているのかもしれない。多くの犠牲者を出しているウクライナにとって、トランプ米政権のウクライナ政策は理解できないかもしれない。ゼレンスキー氏がホワイトハウスでトランプ氏やバンス副大統領と激しい口論を展開し、米国との関係が一時緊迫した。その直後、ウクライナ国内では「ゼレンスキー大統領はよくやった」という声が支配的だった。

参考までに、トランプ氏はパレスチナ自治区ガザからパレスチナ難民を隣国アラブ諸国に移住させ、同自治区で世界的なリゾートエリアを構築しようという案を表明している。パレスチナ人でなくても、「トランプ大統領はイスラエルを無条件に支持、パレスチナ人の困窮などには関心がない」という声が飛び出した。

トランプ氏のディールは余りにもビジネス的であり、自国第一、被害を受ける国への理解が乏しく、非人道的だといった辛辣な批判も出てくる。ただし、国際的な問題では程度の差こそあれ、外交は国益第一だ。連帯、支援といった言葉は外交文書では幅を利かすが、現場ではそれらの多くは空言に過ぎないのが現実だ。

ここで考えたいのは、公平・正義(ジャステス)の旗を掲げて交渉できるだろうか、ということだ。ウクライナ側は「わが国はロシア軍に侵略され、多くの国民が犠牲となっている」と説明、公平・正義はウクライナ側にあると当然主張するだろう。一方、プーチン氏は自身のナラティブを掲げて、戦争はウクライナ側が始めたと言い張っている。少なくとも、公平・正義を外交交渉の場に持ち込めば、果てしない公平・正義論争いが展開して、停戦、和平は実現できなくなることは目に見えている。なぜならば、紛争の当事国は絶対に自身の公平・正義を譲らないからだ。

繰り返すが、交渉の場で公平・正義が飛び出せば、解決の道は遠ざかる。そこで公平・正義は歴史に委ね、交渉の場ではビジネス的なディールが求められることになる。トランプ氏のウクライナ停戦案、パレスチナ移住案も公平・正義論を可能な限り避け、停戦を実現するために紛争間の合意を模索している、と解釈できるのだ。

トランプ氏のディールが欧州では歓迎されず、懐疑的に評価されるのは、博愛、正義、公平の旗を降ろし、現実的な解決策を追求している、と受け取られるからだろう。ただし、ウクライナ国民の大多数は妥協と譲歩の停戦案だったとしても戦争が終わる事を歓迎するのではないか。戦争こそ最大級の非人道的な業なのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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