中国共産党政権が海外にいる亡命中国人、法輪功信者、少数民族のチベット人、ウイグル人に対して監視をしていることは知られているが、スイスに亡命したチベット人やウイグル人を中国政府が監視していた実態がスイス連邦政府の報告書で改めて明らかになった。スイス公共放送(SRF)のニュースレター「スイス・インフォ」が2月17日報じた。以下はSRFの「スイス・インフォ」(日本語版)の情報を基にまとめた。

中国共産党政権のチベット人弾圧を訴える亡命チベット人たち(2012年2月8日ウィーン市内で撮影)
スイス連邦政府の委託調査は、スイスに亡命したチベット人・ウイグル人が出身国の中国政府から監視や威圧を通じて何らかの形で脅かされているのか、そうであるならばどの程度かを調べることが目的だった。国家がこのような科学的調査を委託するのは世界初だ。調査はスイス・バーゼル大学欧州研究所のラルフ・ヴェーバー教授率いるチームが担当した。
調査期間は2000年から現在まで。中国共産党政権によるスイス国内のチベット人・ウイグル人コミュニティに対する基本権の侵害や組織的な圧力の有無についての調査だ。実際に行われた権利侵害のほか、未遂に終わったものも含めた。
導き出された結論は明確だった。スイスに亡命したチベット人とウイグル人は中国当局関係者から監視・脅迫され、なかには中国領土に戻るよう圧力を掛けられたケースもあった。こうした「国境を越えた抑圧」の手法はさまざまで、例えば中国本土から脅迫電話をかけ自分たちのコミュニティをスパイするよう要求したり、中国に残された家族の安否をほのめかしたりするなどの手口もあった。
今回の調査の端緒は2018年に遡る。当時、非政府組織(NGO)「スイス被抑圧民族協会(GfbV)」が請願書を提出し、中国で弾圧を受ける少数民族がスイス国内でも基本権を制限されていないか調査するよう求めたことが発端だ。
今年はスイスと中国との国交樹立75周年に当たり、自由貿易協定(FTA)の更新も予定されている。スイス下院外交委員会は、調査結果をFTA交渉に反映させるように求めていたが、スイス政府の報告書にはそれに関した記述はなかった。ただ、報告書の著者ヴェーバー教授は「中国に対して慎重な姿勢で知られるスイス政府が、このような研究を委託したことは注目に値する」と評価している。
もう少し報告書をみる。スイスにも他の欧州諸国と同様、数十人の中国国家安全部の関係者が大使館や領事館職員となって潜伏しているという。報告書は、中国がスイス当局に対して圧力をかけた事例にも言及している。
興味深い事実は、スイス政府が調査結果を公表するまでには時間を要したことだ。報告書は昨年4月に完成していたが、公表は何度も延期された。ヴェーバー教授は「内容が非常にデリケートであり、行政側で詳細に検討すべき点がいくつかあったためではないか」という。明確な点は、スイス政府内で報告書の取り扱いで意見が分かれていたことだ。
ただ、スイス連邦政府は2月12日、報告書の結果を受け声明を発表している。声明では亡命者への基本権侵害を明確に非難し、亡命手続きに立ち会う通訳者をより慎重に選別するなどの予防措置を列挙している。問題はスイス政府が今回の調査結果を踏まえ、中国にどう対応するかだが、具体的な方針はあいまいだ。
スイス被抑圧民族協会は、連邦政府が提示した措置は具体性に欠けていると訴え、スイスは「国境を越えた弾圧」を明確に定義し、効果的な対処に向けた法的基盤を整備するよう声明で求めた。また、通報・保護センターの設置や、政治的な意思決定プロセスに該当者を参加させるほか、スイス政府は事例を公表し、加害者の国外追放を徹底すべきだと訴えている。
なお、ベルン大学は、2025年度秋学期からチベット語コースの学生募集を停止する。同大はチベット語が学べる唯一のスイスの大学だ。スイス・インフォが今月25日報じた。
スイスには亡命チベット人の最大コミュニティの1つがある。そのため、スイスはチベット語とチベット文化の継承に重要な場所と捉えられている。スイスのチベット人団体らはチベット語コースの継続を求める公開書簡をベルン大学に送っている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。