トランプ関税の背景にある「グローバリゼーションの逆説」

池田 信夫

クルーグマンもサマーズもブランシャールも、トランプ関税には怒っているが、この程度はトランプの想定範囲内だろう。彼はまわりにイエスマンを集め、彼らのいうことしか聞かないからだ。

最初に結論ありきの恣意的な「相互関税」

この「相互関税」の論理は支離滅裂である。図1のようにトランプのいう関税率なるものは「貿易赤字÷輸入額」という無意味な数字だ。中国に高率の関税をかけるという結論に合わせてひねり出したもので、平均関税率2.5%の日本に24%も関税をかける。これは相互的でも報復でもない一方的な攻撃である。

日本経済新聞

図1

トランプの頭の中には「貿易赤字でアメリカの職が奪われている」という1980年代の日米通商摩擦のころの被害妄想がいまだに残っている。彼は「日本でGMの車が売れないのは恐るべき不均衡だ」というが、GMの株価は関税で暴落した。多くの部品を海外から調達しているからだ。

https://twitter.com/goto_finance/status/1905391292185805296

アップルの株価も15%下がった。iPhoneは中国で組み立てて完成品を輸入しているので、中国に54%の関税がかけられると、最高で2300ドル(33万円)になる可能性がある。アメリカにアップルの工場はないので、関税がいくら上がっても、国内でiPhoneを製造することはできない。

トランプ再選をもたらしたアメリカ社会の荒廃

合理的な根拠が何もないトランプ関税だが、その気持ちはわかる。彼のブレーンといわれるオレン・キャスの報告書は、こう述べている:

アメリカ経済はグローバリズムと株主第一主義の影響で、労働者階級の生活が悪化している。経済成長は続いているが、その恩恵が特定の層(上位1/5)に集中し、多くの国民の所得は減っている(図2)。

図2

中年の白人男性が麻薬やアルコールに溺れて自殺率が上がり、平均寿命が縮まっている。この原因は製造業の職を失ったことが大きい(図3)。

図3

こういう現象はNAFTA(北米自由貿易協定)ができて中国が世界市場に参加した1990年代から始まり、最近とくに激化している。その原因は貿易赤字だ――というのがトランプの認識である。

サプライチェーンは世界を一体化した

これはクルーグマンも指摘するように初歩的な誤りで、アメリカの製造業は今ではほとんどアメリカ国内で生産していない。iPhoneだけでなく、NVIDIAの半導体もアメリカで設計して台湾で製造するが、台湾には32%の関税がかかる。国内の雇用を守るために製造業を復活させようという目的は悪くないが、その手段として関税は逆効果なのだ。

同じ問題は、実は日本も抱えている。2010年代に起こった産業空洞化で、製造業はアジアに直接投資したので、国内の雇用は失われ、実質賃金が下がった。これが停滞の原因だが、安倍政権はそれを「デフレ」と取り違えて日銀がチープマネーをばらまいたが、それは海外投資され、空振りに終わった。

これを「中国から安い輸入品が入ってくるから関税を上げろ」と主張した日本人はいない。日本が自由貿易体制の最大の受益者であることを知っていたからだ。80年代のレーガン政権でも、関税の引き上げはしなかった。それが報復関税を招いて泥沼になることを知っていたからだ。

しかしトランプ政権には、その程度の常識を助言できる側近もいない。キャスはカレッジ卒のアマチュアで、経済学の学位ももっていない。ミランのマールアラーゴ合意は、関税を他国の攻撃に使うものだ。

いずれも相手国が報復関税をかけたらどうするのか考えていない。アメリカが世界経済の中で圧倒的な地位をもつ基軸通貨国であり、他国はそれに従うしかないと思っている。

グローバリゼーションは先進国の労働者を貧困化する

グローバリゼーションによる国際分業の深化は避けられない。情報技術の飛躍的な進歩によって知識労働者と単純労働者の所得格差が拡大するスキルバイアス技術進歩(SBTC)は、先進国ではどこでも起こっている問題である。

安い労働力を求めて資本がアジアに移動する結果、新興国は豊かになるが、先進国の単純労働者は貧しくなる。このようなグローバリゼーションの逆説を逆転する方法は今回のような保護主義しかない。

これをアメリカ人は「他国が不公正な手段で輸出している」と攻撃する傾向が強い。80年代もそうだったが、それは双方の国にとって利益にならないばかりでなく、最悪の場合は世界経済のブロック化を招き、世界大戦を招くというのが1930年代の教訓である。

それに対して日本は空洞化を「デフレ」ととらえて見当違いな金融政策に10年を空費し、衰退をさらに深刻化した。これを脱却する手っ取り早い手段はないが、トランプ関税をチャンスととらえて関税を全面的に撤廃し、TPPを強化して自由貿易圏のリーダーになってはどうだろうか。