トランプの関税戦争を指南するスティーブン・ミランの支離滅裂な理論

トランプ米大統領の関税引き上げに対抗して、カナダやEUが報復関税を発表しました。まるで100年前のような関税戦争が始まりましたが、トランプは何を考えているのでしょうか。その鍵を握るのが、スティーブン・ミランという謎の人物です。

Q. トランプの関税引き上げの目的は何ですか?

トランプ大統領は就任初日に「アメリカ第一主義の通商政策」を発表し、関係閣僚に対して不公正貿易慣行の是正や貿易赤字の削減に向けた具体的な施策の検討を指示しました。

2025年3月12日からは、1962年通商拡大法232条にもとづき、鉄鋼製品に25%、アルミ製品に10%の追加関税を課す措置を実行に移しました。 彼が関税引き上げを打ち出す目的は、多岐にわたりますが、主な狙いは以下のとおりです。

  1. 国内製造業の活性化:輸入品に関税を課すことで、国内製品の競争力を高め、特に自動車産業などの製造業の復活を促進する
  2. 貿易不均衡の是正:関税引き上げとドル安政策を組み合わせ、国際貿易のバランスを取り戻す
  3. 国家安全保障の強化:関税を通じて半導体などの重要産業を保護し、国家安全保障を確保する
  4. 政府歳入の増加と財政赤字の削減:関税収入を増やすことで、連邦予算の均衡化や財政赤字の削減を図る

しかし、これらの関税政策には、物価上昇や貿易相手国からの報復関税といったリスクがあります。

Q. こういう政策を立案しているのは誰ですか?

これらの指示は、通商代表部(USTR)代表、商務長官、財務長官など、複数の高官によって具体化され、政策として実施され、複数の経済政策立案者やアドバイザーの影響を受けて形成されています。特にスティーブン・ミラン(Stephen Miran)は、関税政策の強化を提唱しており、トランプ政権の政策形成に影響を与えています。

スティーブン・ミラン(Reuters)

ミランはアメリカのエコノミストで、トランプ政権の大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長を務めています。彼はボストン大学で経済学、哲学、数学を学び、ハーバード大学で経済学の博士号を取得しました。

トランプ政権第1期目には財務省の上級経済政策顧問を務め、その後、ハドソン・ベイ・キャピタル・マネジメントのシニアストラテジストや、資産運用会社アンバーウェーブ・パートナーズの共同創設者として活動しました。

ミランは関税政策の支持者として知られ、トランプ政権第1期目に導入された中国製品や鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税が、インフレを大きく引き起こすことなく歳入を増やす効果的な手段であると主張しました。

ミランは関税を貿易不均衡の是正や国内産業の強化のための戦略的な手段として支持しています。彼は、アメリカの平均関税率を現在の約2%から20%程度、場合によっては50%引き上げることが有益だと主張しています。

Q. ミランの書いた「マールアラーゴ合意」とは何ですか?

ミランが2024年11月に発表したマールアラーゴ合意は、国際金融秩序の再編と持続的なドル高による経済不均衡の是正を目指す提案です。 この提案は、1985年のプラザ合意のような多国間協定を構想しています。

  1. 関税政策の強化: アメリカは関税を段階的に引き上げることで、貿易不均衡の是正と国内産業の保護を図る
  2. 通貨政策の調整: ドル高是正のため、多国間協定を通じて各国通貨との調整を行い、持続的なドル高による経済不均衡を是正する
  3. 安全保障と経済政策の連携: 通商政策と安全保障を密接に関連付け、アメリカの安全保障の提供と引き換えに、各国が保有する米国債を100年満期の譲渡不可能なゼロクーポン債にスワップしてドル安に誘導する

この提案はトランプ政権の政策に影響を与え、関税強化やドル安志向、安全保障との連携といった施策にその精神が反映されています。しかし各国がこの提案に同意するかどうかは疑問です。

Q. 関税を上げてドル安に誘導する政策は矛盾しています。関税を上げるとドル高になります。

その通り。関税を上げてドル安にするという政策は、理論的には矛盾しています。

  1. 貿易赤字の縮小:関税が上がると輸入品の価格が上昇して輸入が減る一方、輸出に対する直接的な制約はないため、貿易赤字が縮小します。このため外貨の供給が減り、ドルが上昇しやすくなります。
  2. 資本流入の増加:アメリカが関税を引き上げると、短期的には国内市場が強化されると期待されるため、投資家がアメリカ資産を買い求める。特に、アメリカ債や株式市場への資本流入が増えれば、ドルの需要が上がり、ドルが上がります。
  3. アメリカのインフレ率上昇と金融政策:関税の引き上げは、輸入品の価格上昇を通じてインフレ圧力を高めます。これに対してFRB(連邦準備制度)が利上げを行う可能性が高まり、ドル高が加速します。

ミランは関税引き上げを支持する一方で、ドル安誘導を提案していますが、上記のように関税を上げるとドル高になるので、彼の政策は矛盾しています。

彼は関税を交渉のツールとし、最終的に通貨を調整する多国間協定で関税引き上げの負の影響を緩和しようとしています。しかし、現在の世界経済ではプラザ合意のような協定の実現は困難であり、彼の戦略が実際に機能するかは疑問が残ります。

Q. トランプの関税政策は世界経済にどんな影響を及ぼすでしょうか?

ミランの理論の通りトランプの関税政策が実施されると、世界経済には以下のような影響が及ぶ可能性が高い。

1. 世界貿易の縮小と供給網の混乱:ミランの関税理論は、アメリカが大規模な関税を導入し、貿易赤字の縮小と国内産業の活性化を目指すものですが、これが実行されると輸出国は報復関税を課します。アメリカと主要貿易相手国の間で貿易戦争が勃発して貿易量が縮小し、グローバルなサプライチェーンが寸断されます。

2. 物価上昇:関税が上がれば、輸入品のコストが増加し、国内の消費者や企業はより高い価格を支払うことになります。その結果、アメリカではインフレ圧力が強まり、消費者の負担が増加します。FRB(連邦準備制度)はインフレ抑制のために金利を引き上げる可能性が高く、これが経済成長を鈍化させます。

3. ドル高の進行:関税の引き上げは、アメリカの貿易赤字を縮小させる効果がある一方で、海外からの資本流入を増やし、ドル高を引き起こします。この結果、アメリカの輸出競争力が低下し、アメリカ製品の価格が上がります。輸出企業は不利になり、貿易赤字削減の効果が相殺されて逆効果になるおそれが強い。

4. 新興国経済への打撃:アメリカが関税を引き上げると、中国やメキシコなどの輸出依存度が高い新興国は大きな打撃を受けます。特に中国の輸出産業は深刻な影響を受けて成長が鈍化し、世界的な景気減速が進行します。

5. アメリカの製造業回帰は限定的:ミランの関税理論は国内産業を保護し、製造業の回帰を促す狙いがありますが、実際には関税の引き上げが生産コストを押し上げ、サプライチェーンを寸断するため、アメリカ国内の製造業が競争力を失い、かえって生産拠点の海外移転が進むリスクがあります。

6. 世界経済の不確実性増大:関税引き上げが進めば、世界経済は先行き不透明となり、投資家のリスク回避姿勢が強まります。これにより株式市場が動揺し、企業の設備投資が控えられると世界経済の成長が減速し、長期的には景気後退リスクが高まります。

Q. そもそも貿易収支は均衡する必要があるんでしょうか?

トランプ政権は貿易赤字を問題視し、関税を引き上げることで赤字を減らそうとしていますが、貿易赤字が必ずしも経済にとって悪いわけではありません。

  1. 貿易赤字=外国からの投資の裏返し:アメリカの貿易赤字は、外国(中国や日本など)が米国債や株式を購入することでファイナンスされているので、貿易赤字は海外からの資本流入の結果です。これによってアメリカの低金利が維持され、企業や政府が投資しやすくなっています。
  2. アメリカは世界最大の消費市場:アメリカは世界最大の消費国であり、輸入が多いのは当然のこと。貿易赤字を無理に削減すれば、消費者は高い価格を払わされ、企業は供給網を見直すコストが増加します。
  3. 貿易赤字=経済成長の一部:アメリカは長年貿易赤字を抱えながらも、世界経済の中心であり続けています。貿易赤字があってもGDP成長率が高く、雇用が増加しているなら、それは問題ではありません。

したがって貿易収支が均衡する必要はありません。 貿易黒字が望ましいというのは、大昔の重商主義の理論です。重要なのは経済成長や雇用の増加、投資収益など、より広範な視点で経済を見ていくことです。

関税引き上げは、短期的にはアメリカ経済の保護につながるかもしれませんが、長期的には世界経済を混乱させ、アメリカ自身も景気後退のリスクを高める可能性があります。特にドル高とインフレの組み合わせがアメリカ経済にとってマイナスに作用するため、この政策が実際に成功するかどうかは不透明です。

最悪のシナリオでは、貿易戦争の激化 → 世界経済の縮小 → アメリカ経済の停滞 → 金融市場の混乱という負の連鎖が起こる可能性があります。

要するにミランの理論は支離滅裂で、トランプの関税政策は持続可能とは考えられません。国際的な貿易や資本移動には、国際協調の枠組みや金融政策など複雑な要因がからんでおり、関税だけを操作してもよい結果にはなりません。