バチカンニュースによると、セオドア・エドガー・マッカーリック元枢機卿は4月3日、米国ミズリー州で94歳で死去した。元ワシントン大司教は2019年に未成年者への性的虐待で聖職を解任された。
マッカ―リック元枢機卿、2021年7月30日、バチカンニュースから
マッカーリック元枢機卿は長い間、米国のカトリック教会内で最も影響力のある人物の一人と考えられていた。同氏は最初ニューヨークの補佐司教を務め、その後メタチェンの司教、ニューアークの大司教となり、2000年から2006年までワシントン大司教区を率いた。
しかし当時名誉枢機卿だった同氏は2018年、成人(特に神学生)と未成年者の両方に対する性的暴行の疑惑を受けた。この疑惑は当初、「ア・ディヴィニス」、つまり公の場で聖職者としての行為を行うことの禁止という停職処分につながった。同年、マッカーリック氏はフランシスコ教皇に枢機卿からの辞任を申し出た。フランシスコ教皇はこれを受け入れ、同時に、適切な教会法上の手続きが実行されるまで、マッカーリック氏に公的生活から完全に身を引いて祈りと悔悛の生活を送るよう命じた。元枢機卿は未成年者への性的虐待を否定していた。
そして2019年2月、教会法に基づく最終決定が下され、マッカーリック氏は信仰教理省(現信仰教理省)によって聖職から解任された。バチカンは、未成年者と成人に対する第六戒の度重なる違反、および特に告解における精神的権威の乱用について、正式に同氏に有罪判決を下した。フランシスコ教皇はこの決定を「取り消し不能」と認めた。
いずれにしても、枢機卿が聖職から解任され、辞任すること自体、非常にまれだ。2023年12月16日、2013~14年にかけ不動産投資などに絡み横領の罪に問われたアンジェロ・ベッチウ枢機卿は2020年9月24日、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇はその辞任申し出を受理したケースがある。バチカンで権勢誇った枢機卿の辞任は当時、大きな話題を呼んだ。
マッカーリック枢機卿の場合、未成年者への性的虐待容疑から枢機卿職を辞任している。1974年に米国マサチューセッツ州のウェルズリー大学で行われた結婚式で、当時16歳だった少年に性的暴行を加えたなど数件の容疑がかけられてきた。同枢機卿はベッチウ枢機卿と同様、フランシスコ教皇の友人サークルに入る人物だった。
2020年、バチカンはマッカーリック元枢機卿に関する包括的な調査報告書を発表した。バチカン国務省が主導した2年間にわたる内部調査により、1980年代と1990年代の虐待行為を記録した信頼できる目撃証言と有罪を示す資料が明らかになった。報告書はまた、マッカーリック氏の教会内での不正行為の兆候が初期からあったが、この情報は共有されなかったか、十分に真剣に受け止められなかったことも明らかにした。警告にもかかわらず、マッカーリック氏は影響力のあるワシントン大司教区のトップにまで上り詰めたわけだ。
ほぼ同時期、米ペンシルベニア州のローマ・カトリック教会で300人以上の聖職者が過去70年間、1000人以上の未成年者に対し性的虐待を行っていたことが2018年8月14日、州大陪審の報告書で明らかになっている。マッカ―リック枢機卿は当時、米教会所属の聖職者の未成年者への性的虐待の頂点にいたわけだ。
ちなみに、マッカ―リック枢機卿の性犯罪を暴露したのは当時バチカン駐米大使のカルロ・マリア・ビガーノ大司教だった。同大司教は教皇宛ての書簡の中でフランシスコ教皇の辞任を要求した。通称「ビガーノ書簡」(11頁)はバチカンばかりか世界のカトリック教会を震撼させる大事件となった。ペテロの後継者のローマ教皇が身内から辞任を要求されたのは長い教会史の中でも稀な出来事と言わざるを得ない。ビガーノ大司教は、書簡の中でフランシスコ教皇が友人の一人でもあったマッカ―リック枢機卿のスキャンダルを知りながら隠蔽し、5年間も枢機卿を庇っていたと批判したのだ。
バチカン教皇庁は2020年11月に詳細な報告書を発表し、元教皇大使の主張を否定した。バチカンニュースは当時、「マッカ―リック枢機卿の不祥事が判明した直後、フランシスコ教皇は声明文の中で事件の全容解明を指示していた」という趣旨の声明文を公表した。
なお、米教会のスキャンダルを暴露したビガーノ大司教は2024年7月5日、カトリック教会の教理の番人、教理省から破門宣言を受けた。その理由として、①ローマ教皇の権威を認めず、②教会の近代化路線を開いた第2バチカン公会議の正当性を認知しなかった、からだという。破門理由にはフランシスコ教皇の辞任を要求した「ビガーノ書簡」については全く言及していない。
マッカーリック元枢機卿の死で米教会を震撼させた「枢機卿の犯罪」は幕を閉じたが、その後も世界各地でカトリック教会聖職者の不祥事が起きている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。