関税戦争は米国内の内戦のはけ口
わずか3か月前の大統領就任演説で、トランプ氏は冒頭「米国の黄金時代はいま始まる。私は米国を第一に考える」と宣言し、「われわれの黄金時代は始まったばかりだ。米国に神のご加護を」と結びました。今朝の新聞を読むと、フィナンシャル・タイムズ紙のマーチン・ウルフ氏(チーフ・エコノミスト)が「狂った王が招く経済混乱。トランプ氏の専制排除が繁栄を生む」と厳しい論調の記事を掲載しました(日経新聞)。
トランプ大統領就任式中継より
独裁主義、覇権主義、大国第一主義の関税戦争が勃発し、朝令暮改のトランプ政策に経済は不確実性の海に投げ込まれ、米国は週央から「株急落、米国債売り、ドル安」(週末に小戻し)に見舞われました。一方、ドルの信認への不安から、金は史上最高値の1㌉=3300-3400㌦に暴騰しています。
「米国の黄金時代」は虚飾に満ちた言葉になり果て、「黄金時代とは、金が頼りになる『「金の黄金時代』ことなのかと思われる日々です。マネー市場の専門家は連日、チャートを作成し、「ああでもない、こうでもない」と説明しています。マネー市場のチャートはせいぜい4、50年間程度に対する確度しかない。過去の例を持ちだして「円は130-150円」とかいう言説はどこまで信用できるのか。
トランプ氏の言動をみていると、「100年に一度の世界システムの変革期を迎えている。不連続、非連続の時代に入った」ようです。「すぐチャートを持ち出す専門家より、歴史学者の分析が必要な時だ。」という主張(例えば、仏エマニュエル・トッド氏ら)もなるほどと思います。
トランプ氏は、関税の大幅引き上げを脅しに使い、中国やその親近国、欧州、日本、カナダ、メキシコなどに当たり散らしています。あまりに無謀、独裁的、場当たり的な言動を繰り返すトランプ氏の狙いはどこにあるかについて、議論百出です。場当たり的に振る舞うことで、意図的に攪乱状態を作り出し、不確実性を高め、落としどころを探っているとの見方もあります。どの見方、解説も一部はあたっていても、あたっていない部分もあるということです。
私はトランプ戦法のある側面は、「米国内が内乱状態に陥っており、そのはけ口として他国との関税戦争を仕掛けている」のだと思います。米国では1861ー1865年に南北戦争という内戦が勃発しました。米国北部は保護貿易主義(欧州からの工業製品輸入に対抗)、南部は自由貿易主義(黒人奴隷を使った綿花生産、輸出促進)という対決の構図でした。
トランプ氏は米国の製造業の復活をめざし、そのために関税引き上げという保護貿易主義をとっています。なにやら南北戦争当時を想起します。世界のGDP(国内総生産)に占める米国の比率は26.5%で1位、中国は16.6%で2位で、米国が首位です。
その一方で、国内格差は拡大しています。資産の上位1%が全体に占める比率は34%で年々、拡大しています。最も豊かな国なのに、米国が被害者のように発言するトランプ氏は意図的に事態を誤認しているのでしょう。中国は2位の32%です。
GAFAM(グーグル、アマゾンなど)というITや金融系の経営者、幹部らに富が集中し、白人を含む製造業関係の人たちは、海外からの輸入拡大によるラストベルト(錆びついた工業地帯)化で豊かでなくなり、トランプ支持、共和党支持に回っています。
格差拡大が背景にある共和党対民主党、国内の分断は、本来なら米国内の所得再配分政策で格差を是正すべき課題です。それが簡単にはいかないので、米国内の内戦状態を、対外的な関税引き上げ政策に転嫁しているとみます。国内問題であるはずの問題を国際問題化しているのです。
内戦、内乱のような状態は、いくつでも観察されます。景気低迷を恐れるトランプ氏がパウェル・FRB議長の解任をちらつかす。政治から中立であるべき中央銀行に政治が介入することを市場が警戒(相場の下落)を強めると、解任発言を撤回する素振りをみせました。政治対中央銀行の内戦です。
トランプ政権はハーバード大への助成金凍結問題も引き起こし、全米の大学の学長らが抗議で結集する。民主党系はエリートの私立大学の出身者が多く、共和党系は州立大卒が多く、ここにも米国の分断が見られます。政権内部でも、閣僚らの対立、ののしりあいという内戦が絶えません。
ワシントンでは、G20(主要国財務相・中央銀行総裁会議)が開かれ、「トランプ関税は経済に悪影響をもたらす」との声明をだしました。国内問題を国内で調整できず、対外関係にはけ口を求める。トランプ氏が全世界を相手に混乱を巻き起こしているのは、そのためです。
関税引き上げの影響で景気が減速する一方、インフレが進み、スタグフレーションの進行、それによる資産バブルの崩壊、金融システムの動揺などが予想されます。トランプ氏が就任演説で「2025年1月20日は、米国民にとって解放の日だ」と宣言しました。実態は政治的、経済的、社会的混乱の箱を開いてしまったのでしょうか。
戦後、米国主導で拡大したグローバリゼーションは転換期に来ていると言われます。株価や債券相場の変動を追うチャート屋さんたちの分析ではなく、50年とか100年といった長い期間で歴史を考える時が来ているのでしょう。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年4月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。