静かな退職が「静かな敗北」になる理由

黒坂岳央です。

最近、ニュースなどでよく見るようになった「静かなる退職」。

マイナビの2023年の調査によれば、20~50代の正社員のうち「静かな退職」をしている人は44.5%。中でも20代では46.7%と最も高く、どの年代でも4割を超えているという。

こうした姿勢は、昔から「窓際族」や「サボリーマン」など、別の言い方で存在していた。昔からあった概念に違う名前がついただけだ。

もちろん、「静かな退職」とされる姿勢には、過剰労働や不条理な職場環境への静かな抗議としての意味合いもあるだろう。精神的な健康や家族との時間を大切にする生き方が重視される今、仕事に全てを捧げることを当然とする価値観自体が見直されつつあるのも事実だ。

ただ、この働き方は平成までは成立したかもしれないが、これからの時代では難しくなると感じている。

Yuto photographer/iStock

静かな退職の問題点

今は一昔前と比べて、正社員になるハードルが格段に下がった。人手不足で求人が溢れ、若ければ未経験でも採用されやすい。筆者は氷河期世代なので、「暑ければ上着を脱いでください」と面接官に言われて素直に従ったら「今脱いだ人はお帰りください」となるような、そんな理不尽な話も聞いて育ってきた。だから余計に、今の時代が寛容に思えるのだ。

一度正社員になってしまえば、よほどのことがない限り、会社は社員を簡単に解雇できない。そのため、「とりあえず就業時間にそこにいれば給料はもらえる」という感覚を持つ人も中にはいる。実際、昔の漫画やアニメでは「やる気がなくなったから、定年まで窓から外を見て過ごす」といったシーンを描かれていることがある。

だが、企業や株主の視点はまったく違う。会社は利益を生み出すための場であり、従業員は投資対象でもある。仕事で成果が出せない社員は、投資家からすれば「投資不適格資産」と見なされる。そうなると、直接クビにはできなくても、仕事を任せられなくなり、戦略的に“干される”可能性は高い。

年を取ると転職で苦戦

労働市場では「若さ」の価値が非常に高い。高学歴でなくても、スキルや経験がなくても、20代というだけで選択肢が広がる。若さというだけで、企業はポテンシャルに期待して採用する。筆者も派遣社員だったころは「ダメなら辞めて次に行けばいい」と思っていた。

だが、若さは永遠ではない。

年齢を重ねると、企業は一転して「実績・スキル・専門性」でその人を評価し始める。過去にどれだけ若さで許されてきたかは関係なく、実力主義の選別が始まるのだ。筆者は別に若者に説教したいわけではない。事実ベースでマーケットメカニズムを取り上げているに過ぎない。

「逃げ切り」戦略も難しい時代に

昔は、大手企業に就職してしまえば「転職しなくてもそのまま定年まで逃げ切れる」と言われていた。だが今では企業の寿命はどんどん短くなっている。10年続く会社すら少なくなり、赤字や不採算部門のリストラ、最悪の場合は倒産だって現実味を帯びてきた。

つまり、「とりあえず今の会社で静かにやり過ごしていればいい」と思っていても、環境が変わればその戦略ごと瓦解する。そして、備えていなければ「本当の意味での退職」を突きつけられることになる。

静かな退職という考え方には、確かに現代的な背景もある。過剰労働や理不尽な職場文化にNOを突きつける手段でもあるだろう。だが、そこで思考停止してしまえば、キャリアも市場価値も、時間とともに静かにすり減っていく。若さは有限だ。そしてスキルは静かに磨かないと、静かに失われる。

「何もしない」という選択には、見えないコストがつきまとう。静かな退職が“成功”につながる時代では、もはやない。

 

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。