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米議会著作権局は5月9日、「著作権と人工知能」報告書「第3部:生成AIの訓練」(出版前版)を発表した。これは、2024年8月に公開された「第1部:デジタル・レプリカ」、2025年1月に公開された「第2部:著作物性」に続く、3部作の最終報告書である。
今回、正式な出版に先立って発表されたのは、政治的な背景による。報告書の発表前日である5月8日、トランプ大統領はカーラ・ハイデン議会図書館長を解任。さらに発表翌日には、シラ・パールマター議会図書館著作権局長も解任された。パールマター局長は、イーロン・マスク効率化担当相が主導するAIモデルの訓練において、大量の著作権保護作品の利用を無条件で承認することを拒否していた。このため、解任が差し迫っていると見た局長は、正式出版前に急遽報告書を公表したとされる。
報告書では「近く最終版を公表する予定だが、分析や結論に実質的な変更はない」とされているものの、後任の著作権局長が最終版を公表するかどうかは予断を許さない。
以下では、全6章からなる本報告書のうち「第4章:フェアユース」について、必要に応じて解説を加えつつ、筆者の視点から要約する。
フェアユース
報告書は、著作権のある著作物をAIモデルを訓練するために利用することは、「一見して侵害に当たる可能性がある」と主張した後、「利用者が利用を正当化するために主に利用できる抗弁はフェアユースである」と述べる。続いて、フェアユースを主張する際に考慮すべき以下の4つの要素について概観するが、これらは事案ごとの事情に大きく左右されると指摘する。
- 利用の目的および性質(商業目的か非営利・教育目的かなど)
- 著作物の性質
- 著作物全体に対する利用部分の量および重要性
- 利用が著作物の潜在的市場または価値に与える影響
第1要素(利用の目的と性質)
著作権局は「利用には幅がある」と述べる。一方で、モデルが「データセット中の著作物と実質的に類似した出力を生成する」場合、その利用は「変容的(transformative)とは言い難い」とする。しかし、例えば「特定のタイプの著作物を訓練データに用い、特定の観客層に訴えるコンテンツを生み出すためにモデルが使われた」ような場合は、「控えめながら変容的」と評価される可能性もあるとする。
米最高裁は1994年のプリティ・ウーマン事件判決でパロディにフェアユースを認めた。判決は第1要素について、「この要素の検討は、新しい作品が原作品の目的に取って代わるのか、または新しい表現や意味を伴って変化させることで新たな目的や性格を持つのかに焦点を当てている。新しい作品がどれほど変容的であるかを問うことで、変容的であればフェアユースの認定が不利になる可能性がある商業性などの他の要素の重要性は相対的に小さくなる」として、この要素をフェアユース有利と判定した。
ビデオテープレコーダー(VTR)「ベータマックス」を売り出した米国ソニーが、著作権侵害で訴えられた1984年の米ソニー事件判決では営利目的か否かが重視された。プリティ・ウーマン事件判決ではそれを修正し、変容性が重視された。営利目的であっても別の作品になっていれば侵害を認めないという判決で、その後の判例の流れを変える画期的な判決となり、イノベーション関連事件にも広く適用された(詳細は拙著『国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』第5章「オラクルの1兆円の損害よりも社会全体の利益を優先させた米最高裁」みらいパブリッシング 参照)。
ちなみに日本では、1980年のパロディモンタージュ写真事件で、最高裁が旧著作権法30条の引用にあたらないとしてパロディを認めなかった。それ以来、パロディはいまだに合法化されていない。
報告書は第1要素について「また、開発中の具体的な複製行為を特定することは重要だが、データセットの編成や訓練それ自体が最終目的であることは稀である。フェアユースの評価は、利用全体の文脈の中で行うべきである」と続ける。
第2要素(著作物の性質)
報告書は、「ある著作物は、著作権の核心により近い」と指摘。「小説、映画、美術、音楽などの創造的・表現的な著作物の利用は、コンピュータコードのような事実的・機能的な著作物の利用よりもフェアユースに該当しにくい」とする。生成AIモデルは「表現的かつ機能的な著作物、公開済みまたは未公開の著作物を定期的に訓練に使用している」ため、フェアユースの判断は「モデルや対象著作物によって異なる」とする。
第3要素(利用部分の量と重要性)
報告書は、「評価は事実に依存する」と指摘。「たとえ少量の複製であっても、それが著作物の“核心”部分であれば、フェアユースに不利に働くことがある」と述べる。生成AIモデルの場合、「著作物のダウンロード、訓練用データセットへの編成、および訓練は、通常その著作物の全体またはほぼ全体を使用することになるため、このような全面的な利用は通常フェアユースに不利に働く」としています。ただし、フェアユースに有利または不利に働く他の要素として、「利用目的に照らしての合理性」や「公衆に開示された範囲」も挙げられている。
第4要素(著作物の市場や価値への影響)
報告書は「間違いなくフェアユース判断における最も重要な要素である」と述べ、生成AIが著作物の市場に与える影響として、「販売機会の喪失、市場の希薄化、ライセンス機会の喪失」という3つの側面に着目、これらはいずれもフェアユース判断に影響を及ぼすと指摘する。
いずれも原著作物の市場を奪うおそれのある事象だが、ここで注目されるのは「市場の希薄化」。これは「生成AIモデルの出力が、特定の著作物と実質的に類似していなくても、同種の市場で競合する場合」に発生する。著作権局はこの理論が「未踏の領域」であり裁判所ではまだ扱われていないことを認めつつも、「AIがコンテンツを高速かつ大量に生成できる現状は、訓練に使われた著作物と同種の市場に希薄化リスクをもたらす」とする。
拙稿「チャットGPTが巻き起こした「ジブリ旋風」の光と影」で、バークレー大学ロースクールのアンジェラ・チャン氏はウェブログIPKatへの投稿「『ギブリ化』と米国著作権法の道徳的誤り」の以下の指摘を紹介した。
将来の著作権法は商標法の原則を取り入れ、著作権を侵害する創作物が元のアーティストの作品の価値と認識性を「薄める」場合に、その作品を保護するという考え方もあるかもしれません。
米国商標希釈化防止法は、有名な商標について、他人が様々な商品やサービスに使用することにより、その商標としての機能が弱められないよう保護している。日本でも不正競争防止法で保護している。こうした原則を著作権法にも取り入れる提案である。
著作権局は、「著作権の目的を踏まえて各要素を総合的に判断するのは裁判所の役割であり、機械的な計算式は存在しない」と明言している。また、「生成AIは利用態様も影響も多様であるため、訴訟の結果を予断することはできない」とも述べている。著作権局は、「一部の利用はフェアユースに該当するが、他は該当しないだろう」と見ている。
AI訓練のためのライセンス
報告書「第5章:AI訓練のためのライセンス」を筆者なりに要約する。
著作権局は、生成AIモデルが引き起こす著作権問題への対策として、AI訓練のためのライセンスの概要を述べる。著作権局は「少なくとも特定の状況では、自主的ライセンスは実行可能である」としつつも、それを「すべてのAI訓練ニーズに拡張するには課題がある」と指摘する。
一方で、特定の場合に、事前に権限ある機関又は著作権団体に申請し、当該機関・団体が許諾を与えることで、著作物を利用することができる「強制ライセンス制度のAI訓練への導入は重大なデメリットがある」とし、「時期尚早な導入は、柔軟かつ創造的な市場解決策の発展を妨げる恐れがある」と警告する。
また、「現在のライセンス市場は、フェアユースを巡る法的不確実性や、企業ごとのAIの利用法・ライセンス戦略の違いによって歪められている可能性がある」としつつ、「裁判所によって係争中の訴訟が解決され始めれば、より明確な法的基盤のもとで、技術的および市場ベースのライセンス解決策が進展する可能性がある」と述べている。
報告書「第6章 結論」については解説もあるので、別稿で紹介する。
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