3月26日、オープンAIがジブリ風画像生成サービスを公開。サム・アルトマンCEO(最高経営責任者)も自身のX(旧ツイッター)の肖像画をジブリ風のものに変えた(下図)。

サム・アルトマン氏Xより
バズるきっかけを作ったのは、シアトル在住のソフトウェア・エンジニアのグラント・スラットン氏。同氏がジブリ風の家族写真をXに投稿したところ世界中で数百万回も視聴された。オープンAIのサーバーも追いつけず、一時ユーザーの1日の投稿回数を制限した。
スタジオジブリにとっては朗報か?
日本のコンテンツが世界に広まるのは、英語圏のメディアで取り上げられることがトリガーになるのは今に始まったことではない。
2016年8月、ピコ太郎さんが「PPAP(ペンパイナッポーペン)」と歌い踊る約1分間の動画は、米国の人気歌手ジャスティン・ビーバーがツイッターで紹介したのが、きっかけで大ブレーク。ユーチューブ週刊再生回数が3週連続で日本人初の世界一を記録。3カ月強で再生回数が9500万を超え、2016年の動画ランキングでも2位を占め、日本人初のランキング入りを果たした。
そのピコ太郎さんを超える注目を集めたのが、片付けコンサルタントの近藤麻理恵さん。近藤さんの場合は著書の「人生がときめく片づけの魔法」が2010年にベストセラーになり、2014年には米国でも出版されてベストセラーとなった実績はあった。しかし、世界中で注目されるようになったのは、2019年にネットフリックスが「こんまりメソッド」を配信してからである。
チャットGPTのジブリ風画像生成機能は公開から1週間で7億枚の画像を生み出し、利用者は世界で1億3000万人を超えた(ヤフーニュース、4月8日)。チャットGPTは拙稿「2年弱で2億人が利用、大企業の92%に普及するチャットGPT」のとおり、代表的ソーシャルメディアを上回るスピードで2億人の利用者を獲得した。
読売新聞オンライン(4月2日)は「現在の利用者は1週間あたり約5億人で、23年11月時点の約1億人から急増した。24年10月にAI検索機能を追加し、25年3月には高度な画像生成機能を導入。こうしたサービス面の拡充が利用者の増加につながっている」と報じた。
このように今回の画像生成機能拡充はチャットGPTにとって間違いなく朗報だが、スタジオジブリにとってはまだ未知数。今後のジブリ作品の売り上げ増につながるかどうかにかかっているからである。
ジブリの著作権を侵害しないのか?
この点については4月16日の衆議院内閣委員会で、今井雅人議員(立憲民主党)の質問に対して、中原裕彦文部科学戦略官が文科省の見解を示した(ヤフーニュース、4月17日)。
今井氏は「いわゆるジブリフィケーション、ジブリ風にするというのが最近はやっている。著作権に当たるのではとの議論がある。現在の解釈として、どこまでが適法か」と尋ねた。
中原氏は「著作権法は創作的な表現に至らない作風やアイデアを保護するものではない」と述べ、「AIで生成されたコンテンツに、既存の著作物との類似性や依拠性が認められれば、著作権侵害となり得る」と語った。
流行の「ジブリ風」画像生成 文科省の見解「作風の類似のみなら著作権侵害に当たらない」
著作権法は著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と定義している(第2条1項1号)。このように著作権法が保護するのは、「創作的表現」であって「アイデア」ではない、このため、「作風」が「アイデア」である場合、そのような「作風」が共通したとしても、著作権侵害とはならない。
既存の著作物との類似性は類似しているかどうかだが、依拠性は既存の著作物に依拠したかどうか、言い換えると真似たかどうかで、依拠せずに偶然同じような作品ができても著作権侵害にはならない。これは生成AIの著作物にかぎらず著作物一般について言えることである。
以上は著作権(財産権)の話で、著作権には大別してもう一つの権利がある。「著作者人格権」で、著作権(財産権)が著作権者の経済的利益を守るのに対し、著作者の名誉や感情を守る権利である。ジブリ風画像が著作者人格権を侵害しないかについて、参考になる論考を紹介する。
バークレー大学ロースクールのアンジェラ・チャン氏はウェブログIPKatへの投稿
「『ギブリ化』と米国著作権法の道徳的誤り」は以下のように指摘する。
宮崎監督は以前から、人間の動きを(グロテスクに)模倣するAIツールの使用を批判してきただけでなく、彼の作品は暴力、環境破壊、過剰消費をしばしば非難している。ジブリGPTブームのピーク時に、ホワイトハウスがスタジオのスタイルを想起させる国外追放ミームを投稿したなど、宮崎監督(そしてスタジオ)はおそらく忌み嫌うだろう。
宮崎監督は2016年のテレビ番組で、人工知能で作られたグロテスクな映像を見せられて、「極めて不愉快。そんなに気持ち悪いものをやりたいなら勝手にやっていればいいだけで、僕はこれを自分たちの仕事とつなげたいとは全然思いません。極めて何か生命に対する侮辱を感じます」と酷評した。
チャン氏はI企業が著作権者の許諾なしに学習することについて以下のように続ける。
この傾向は、アーティストを搾取し、彼らの芸術的追求に反する画像に彼らのスタイルを適用することの倫理的影響について、一般の人々に向き合うよう迫っています。残念ながら、法律では現在のところ、こうした倫理的問題に対処する手段が提供されていません。視覚芸術家権利法(VARA)は、著作者個人が有する非経済的権利である著作者人格権を規定しています。(中略)米国の著作者人格権は欧州諸国よりもはるかに制限されており、基本的な帰属および同一性保持の権利は「視覚作品」の著作者にのみ適用され、これらの権利は著作者の生涯にわたってのみ存続します。
「視覚作品」は、展示目的で制作された絵画、デッサン、版画、彫刻、写真の単発または限定シリーズのエディションに狭く限定されていました。スタジオによる大規模なロビー活動のおかげで、映画は明示的に著作者人格権保護から除外されました。
最近でこそ、ビックテックの台頭によってかっての神通力は失せたが、ハリウッドはその豊富な資金力(献金力?)にモノを言わせて、成立させたい法案はことごとく通してきた。
代表例は著作権保護期間を20年延長した1998年のソニ・ボノ著作権保護期間延長法で、職務著作物については公表後95年まで延長することにより、ディズニーが2003年に満了するミッキーマウスの保護期間を2023まで延命させたため、ミッキーマウス保護法と揶揄された(詳細は林紘一郎編著「著作権の法と経済学」の拙稿「第5章 権利保護期間延長の経済分析:エルドレッド判決を素材として」参照)。
映画をVARAの適用除外としたのもハリウッドの往年のロビー力を示す一例である。
著作者人格権の中でもジブリ風画像に関連すると思われる同一性保持権については、チャン氏は以下のように分析する。
一方、同一性保持権は、アーティストの「名誉」や評判を毀損する作品の意図的な歪曲、切断、または改変をアーティストが阻止することを可能にします。(中略)AIの出力は膨大な視覚データに基づく情報パターンを同期させるため、物理的な芸術作品の破壊と、視覚作品の断片の解体(そして再構成)を裁判所が類推することは困難です。
視覚作品の画像を学習させた出力(識別可能な要素をデジタル的に分解・再構築すること)は、原作の歪曲に当たるのでしょうか?AIという「媒体」を通してのみ、アーティストの名誉や評判に害を及ぼす改変が生じる可能性はあるのでしょうか(これはおそらく、美しく人間的な芸術を創造するという宮崎駿の理念に反するでしょう)。AIによって生成された出力が象徴的な画像を利用して有害または憎悪的なメッセージを発信した場合、それは作品の改変に当たるのでしょうか?
日本の著作権法20条は同一性保持権について「著作者は、その著作物(・・・)の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする」と規定する。
ネット上には上記ホワイトハウスの投稿も含め、宮崎監督の意に反すると思われる改変も散見されるが、同一性保持権による保護も難しいとの分析である。
解決策は?
解決策として、チャン氏はまずVARAの拡大を提案する。
AIに基づくあらゆる法的論評と同様に、これらの疑問への答えは不明確であり、徹底的な検討が急務です。著作権法の核心は、著作者を保護することで創造性を促進しつつ、公衆が意義のある創作物にアクセスできるようにすることです。まず、VARA(著作権侵害防止法)は、より幅広い芸術作品を保護するために大幅に拡大することができ、おそらく拡大すべきです。私たちが暮らすデジタル世界では、公衆がそれらの作品に価値を認めているにもかかわらず、最も大切にされている芸術作品の中には、VARAの適用範囲外となっているものが少なくありません。
続いて、商標法の希釈化防止策の著作権法への導入を提案する。
あるいは、将来の著作権法は商標法の原則を取り入れ、著作権を侵害する創作物が元のアーティストの作品の価値と認識性を「薄める」場合に、その作品を保護するという考え方もあるかもしれません。そして、将来の訴訟では、芸術作品が歪められ、切断され、または改変されることの意味について、より広範な定義を推進するような議論が展開されるべきです。
米国商標希釈化防止法は、有名な商標について、他人が様々な商品やサービスに使用することにより、その商標としての機能が弱められないよう保護している。日本でも不正競争防止法で保護している。こうした原則を著作権法にも取り入れる提案である。
インディアン・タイムズ(3月30日)は、スタジオジブリ発と称する偽の警告文が、オンラインで急速に広まっていると報じた。警告文は、この種のアプリは著作権侵害となり、直ちに停止しない限り法的措置を取るとしているが、スタジオジブリは NHK の取材に対し、こうした警告文は出していないとしている。
スタジオジブリは「ジブリ風」写真生成アプリについては、今のところコメントしていないが、今後の対応が注目される。
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