日本では主食のコメの価格が急騰して国民は苦労しているが、ロシアでは目下、主食の一つジャガイモ不足が深刻で、価格も急騰してロシア国民の不満が高まっている。

対独戦勝80年記念軍事パレード 2025年5月9日、クレムリン公式サイトから
ロシアのプーチン大統領は先月27日、国営放送で放送された会合で、「26日に農業関係者らと会談したが、国内のジャガイモ不足が深刻であることを知った。そこで隣国ベラルーシのルカシェンコ大統領にジャガイモ事情を聞いたが、ベラルーシでもジャガイモの備蓄分がないと言っていた」と説明している。
ドイツ民間放送ニュース専門局ntvによれば、「ジャガイモの価格はすでにかなり前から高騰している。国立統計局ロシア統計局によれば、小売価格は昨年92パーセント上昇した。5月には価格は前年比166.5%も上昇した」というから、その危機的な状況が伝わってくる。
ジャガイモの価格上昇は、異常な霜と長引く干ばつによる不作が主因という。ロシアは2024年に720万トンのジャガイモを収穫したが、これは前年より120万トン少ない。オクサナ・ルート農業相によれば、ロシアは年間約800万トンの穀物を必要としている。これまでは不足分を隣国ベラルーシから輸入してきたが、モスクワ・タイムズ紙によれば、ミンスク当局は4月にジャガイモ、キャベツ、タマネギの価格引き上げを承認している。ルカシェンコ大統領は5月初め、自国でのジャガイモ不足を認めたという。
プーチン大統領はウクライナ戦争での兵力不足は北朝鮮や中央アジアから補給できたが、ジャガイモの場合、不足分を容易には輸入できないというわけだ。
日本人の食生活は欧米化してきたといっても、コメが手に入らなくなれば、社会生活は混乱し、治安も悪化することが予想される。同じように、ロシアでジャガイモが不足すれば、ロシア国民は騒動を起こすかもしれない。ジャガイモは食卓を飾る基本的食糧だけではなく、ウオッカの製造には欠かせられない。日本でコメ騒動、ロシアでジャガイモ一揆が起きる危険性が排除できないわけだ。食糧の安全供給は国家の安全保障とも密接な関係があることが良くわかる。
ちなみに、ナス科のジャガイモには有毒性アルカロイドソラニン(Alkaloid Solanin)が含まれている。17世紀初めにはジャガイモがライ病をもたらすと疑われた。ロシアの農夫たちはジャガイモを「悪魔のリンゴ」と呼んでいた。ジャガイモが土の中で成長することから、「ジャガイモは悪魔との関連がある」といった偏見が強かったからだ。
しかし、ハプスブルク王朝の女帝マリア・テレジア(1717~80年)は農夫たちにジャガイモの生産を義務付け、プロイセン王のフリードリヒ2世(1712~86年)は“ジャガイモ政令”を発した。食糧危機を乗り越えるためにジャガイモへの偏見を打破するため強制栽培を命じたことから、ジャガイモが欧州で定着していった歴史がある。
ところで、ロシア全土は戦争に備えている。国防費は現在、経済生産の7%を占め、公式には政府支出の3分の1を占めている。事実上、すべての自由資源は軍事企業によって吸収されている。どこでも労働者が不足している。ロシア経済全体の成長は防衛部門に依存している。
ntvのハンネス・フォーゲル記者は先月17日、「プーチンには平和が許されない」という見出しで、「プーチン大統領は軍事力に頼っている。現在の優位な軍事状況はプーチン大統領が平和に興味を示さない理由の一つに過ぎない。それよりは、ウクライナ攻撃のために彼が構築した戦争経済は彼にほとんど選択の余地を与えていないからだ。もし突然銃声が止み、ロシアの軍需経済が衰退すれば、プーチン大統領の権力が危険にさらされる可能性があるからだ。プーチンには戦争経済が必要であり、そして戦争経済には戦争が必要だ」と解説している。要するに、プーチン大統領の戦争経済は国民から主食ジャガイモを奪っているのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。