黒坂岳央です。
「日本はもうオワコン国家なので家族ごと海外移住をしよう」
「海外なら日本より稼げるから合理的」
このような言葉がSNSを帯幕し、それを支持する声をよく見る。だが、本当に言葉通り合理的なのだろうか?
ネット情報を集めてそろばんを弾いただけの結果と、実際に海外に住んだり、外国人と働いた経験がある上で検討するのとは「海外移住のリアル」に対する解像度は全く異なる。
たしかに、海外移住を呼びかける人たちの意見には部分的には正しいことも含まれている。しかし、こういったネットのキャッチーな引きに惚れ、額面通りに受け取ると、全く別の現実に対峙する可能性もある。
今回はその解像度を高め、深く考察してみたい。

Kiwis/iStock
海外移住すれば人生変わる?
円弱、物価高、少子高齢化による不安が富むことで「海外移住こそ最適解」という投稿がXやYouTubeで急増しているように感じる。実際に移住した発信者からは「自分たちに後を続け」と声援が送られる。
しかし、発信者は「注目を集めること自体が経済的に合理性がある立場」の人物であり、伝えられる情報には強いバイアスがかかっていると考えるべきだ。
たしかに、彼らはうまくいったのかもしれない。だが、その発信者は、SNSを観測する側が普段考慮しないような数々の階段を超え、ある程度の運も味方している。そして、体験調査に基づく「生存バイアス」がかかった話をしている」という解釈を見通すべきだろう。
海外移住は「ほしいと願ったから買える」ような商品ではない。以下のような高い参入障壁を超えることが必要になる。
- 外国語、ビザ、社会的信用(スコア)といった高い参入障壁
- 現地での生活費上昇とセーフティネットの薄さ
- 生成AIによる職の消失
- 学歴、所得、資産など「受け入れる値がある人」かどうか
これらを考えると、移住は気軽に勧められるものではなく、自分の経験やスキルを正確に見極める解像度の高さが求められる。
異国の地でゼロスタート
日本で積み重ねてきた学歴・職歴・人脈といった資産は、海外では多くの場合「白紙からの再評価」を余儀なくされる。たしかに、大学や大学院の学位が入国審査時に一定の評価対象にはなる。だが、現地の企業で仕事を獲得したり、信頼を築いていく過程では、日本ブランドの学歴や経歴がそのまま通用するとは限らない。ローカルでの実績や実務能力が問われるからだ。
現地で求められるのは、非常に高い言語運用能力と、職種に応じた高度な専門性、そして即戦力としての信頼である。たとえばカナダの「Express Entry(永住権申請制度)」では、語学力(IELTS7.0相当以上)、学位、職歴などのポイントを総合評価する制度があり、最低点に達しなければ応募すらできない。アメリカの就労ビザ取得はさらに厳格化しており、抽選・スポンサー・高年収など複数のハードルを同時に越える必要がある。
加えて生活コストの高さという現実もある。トロント、シドニー、ロンドンなどは東京23区を上回る家賃水準で、物価も上昇基調にある。日本と同水準の暮らしを望むならば、現地収入がなければ貯金は一気に目減りしていく。インフレが進む新興国ですら、日本と同水準の生活を求めればコストは相応に跳ね上がる。将来のことは誰にもわからないという前提だが、実質賃金が伸び悩む日本も、少なくとも現状は治安、医療、水準の高いインフラや社会保険を含めた「総合力」では依然として優位な側面がある。
さらに追い打ちをかけるのが、今後ますます進化していく生成AIの存在だ。言語・テクノロジーの両方に強みを持たない移民は、機械に代替される可能性が高く、失職リスクが高い。実際、アメリカのデータでも移民層の貧困率は12%超にのぼるとされており、すでに格差が顕在化している。現在でさえ、アスリート、科学者、芸術家といった「国家に利益をもたらす人材」に限ってビザが下りるような状況だ。今後は、さらに淘汰が進むだろう。
よくある「日本が嫌だから海外へ」という移住パターンは、負の部分を想定できていない可能性が高い。「子どもの将来のため」として移住した結果、言語・人種の壁によるいじめや差別に直面し、将来の結婚や子を設ける機会を損なうリスクもよく聞く。こうなると一体、何のために移住したのか分からなくなってしまう。
移住には強い覚悟と緻密な戦略、そして冷静な現実認識が求められる。
それでも移住が有利な人
ここまで厳しい現実を並べたが、すべての人にとって海外移住が無理だと言いたいわけではない。実際にうまくいっている人もいるし、合理的な選択になるケースもある。
典型的なのは、前述したような高いハードルをすべて乗り越えられる「高度人材」だ。語学力、専門性、現地で通用する資格、人脈、資産などを総合的に備えているならば、移住はむしろ有利に働く。
もう1つのパターンが、「日本で勝ってから移住」するという戦略だ。つまり、海外へ行く前に、すでに日本で一定の実績や信頼を築き上げている人である。
よくSNSでは「日本はもう終わってる、だから海外へ行こう」と扇動する発信があるが、彼らはその前段階で国内でキャリアや信用を確立しているケースが圧倒的に多い。
筆者自身も、日本でスキルと成果を積み上げたうえで、海外の大学へ留学し、グローバル企業と環境で仕事のスキルと経験を積むというプロセスを踏んできた。これは「逃避」ではなく「拡張」としての海外活用である。このように、「まずは日本で勝つ」ことで、移住後も選択肢と交渉力を保ちやすい。
ゼロベースで海外に飛び込んでローカルで勝負して生き残れる人は、残念ながらほんの一握りにすぎない。
◇
移住は決して魔法のチケットではない。場所を変えれば人生が劇的に好転するというのは、極めて例外的なケースに過ぎない。現実はむしろ、住み慣れた日本よりも厳しい競争、頼れる人もいない孤独、そして評価の初期化が待っている。
もし本当に移住を選ぶなら、それは「逃避」ではなく「戦略」として選びたい。勝てる土台を日本で築いたうえで、海外のフィールドでその価値を広げていく。そうした順序と準備があってこそ、移住は合理的な選択肢になる。
■最新刊絶賛発売中!




![[黒坂 岳央]のスキマ時間・1万円で始められる リスクをとらない起業術 (大和出版)](https://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2024/05/1715575859-51zzwL9rOOL.jpg)


