
サンチェス首相
国王の存在を無視する首相
スペインはフェリペ6世が君臨する立憲君主国家である。にもかかわらず、この政治体制を無視し、自ら「第3共和国」を創設して大統領に就任しようと狙っているのがサンチェス首相だ。彼は政権に就いて7年余りになる。
政権を長く維持するために、サンチェス氏がこれまで行ってきたのは、スペインの主要な公的機関のトップに自らの側近を就任させることだ。中でも最も重要なのは司法の掌握である。これは独裁者が常に行ってきた手法であり、例えばベネズエラのマドゥロ大統領は司法を完全に支配している。こうして憲法上の違法行為も合法化できる体制が作られる。
同様の構図がサンチェス氏にも見られる。彼が目指しているのは憲法裁判所の掌握だ。現在の裁判長コンデ・プンピド氏は、サンチェス氏の意向に沿って動いているとされている。
また、彼の7年間の政権下で、27名の閣僚経験者のうち16名が政府系の主要ポストに就任している。例えば、駐バチカン大使は、第一次サンチェス政権で文化相・報道官を務めたイサベル・セアラー氏が任命された。
大停電の責任も首相にあり
2024年4月28日にスペインで発生した大規模停電も、首相の政策に起因しているとされる。送電管理を担うレッド・エレクトリカ社に対し、再生可能エネルギーの比率を80%近くまで高めるよう指示したのはサンチェス氏自身であった。
同社の総裁を務めるのは元住宅相のベアトゥリス・コレドール氏で、サンチェス氏が任命した人物だ。彼女の専門は不動産であり、電力には全くの素人とされる。さらに、同社の役員の半数もサンチェス政権与党の党員で占められており、首相の意向に従わざるを得ない体制が築かれている。
報道メディアも支配下に
国営ラジオ・テレビ放送局、EFE通信社、郵便局、中央情報局、造幣局など約40の公共機関のトップは、すべてサンチェス氏が任命した人物である。2023年の総選挙では、郵便投票の操作疑惑が浮上し、現在も野党が調査に乗り出している。
さらに、スペインの主要企業35社のうち、政府が株式を保有する企業のトップにも、サンチェス氏の側近を就任させようとしている。最近では、電話公社に彼の影響力が及ぶ人物が任命された。
また、報道機関に対して政府から補助金が支給されており、その見返りとして政権寄りの報道を行うメディアも出てきた。中でも国営ラジオ・テレビ放送局に加え、民放2社や全国放送のラジオSERなどが、政府の影響下にあるとされている。
このように、サンチェス氏は独裁的な体制の構築を着々と進めている。
動けない国王と野党の無力
一方、国王は憲法に定められた範囲を越える行動はできず、政治への関与は認められていない。この制約を、サンチェス氏は巧みに利用している。
では、野党は何をしているのか。現在の野党第一党・国民党のフェイホー党首は有能な官僚出身の政治家だが、大胆な行動に欠ける。内閣不信任案の提出も、「議席数で負ける」として躊躇している。
だが、不信任案は提出してこそ意味がある。たとえ否決されても、サンチェス政権に不満を抱く有権者の支持を引き寄せる契機になるはずだ。ところが、フェイホー氏は保守的でリスクを取れない政治家なのである。
次回の総選挙は2027年に予定されている。サンチェス首相自身も、その時には敗北する可能性が高いと見ている。だからこそ、それまでの間に、自らの権力基盤を固める独裁化の道を突き進んでいるのである。






