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6月10日付、朝日新聞「(Media Times)報道と生成AI、連携の試金石 NYタイムズ、米アマゾンへ記事提供の契約」と題する記事は、NYタイムズがアマゾンとの提携を発表したと報じた。
「生成AIと著作権: NYTとOpenAIの訴訟を参考に」のとおり、2023年12月、NYタイムズはOpenAIとマイクロソフトを訴えた。
AI企業に有料で提供している記事まで利用される「ただ乗り」批判の急先鋒だった同紙の今回の方向転換(?)に「NYタイムズのパラドックス:オープンAIを訴え(suing Open AI)、アマゾンとは契約締結(signing with Amazon)」(The Economic Times, May 31, 2025)などと報じるメディアもあるが、はたして矛盾した対応なのか検証したい。
米著作権局「AI訓練とフェアユース」報告書
「生成AIもフェアユースで対応可能とする米著作権局報告書」のとおり、著作権局は5月に生成AIも従来の画期的技術革新同様、今回もフェアユースで対応可能とする報告書を発表した。
「米著作権局「AI訓練とフェアユース」報告書を出版前に発表」でも簡単に紹介したが、第5章「AI訓練のためのライセンス」は以下のように分析する。
訓練のための法律、技術、市場は初期の段階にあり、ダイナミックな相互作用がある。現在のライセンス市場はフェアユースを巡る法的不確実性によって歪められている可能性がある。不確実性を回避し、高品質のデータや入手困難なデータを入手するため、ライセンスに頼るAI企業もあるが、フェアユースに依拠してライセンス活動が阻害されるおそれもある。裁判所によって係争中の訴訟が解決され始めれば、より明確な法的基盤のもとで、技術的および市場ベースのライセンス解決策が進展する可能性がある。
万能の解決策はないので、法律、技術、市場の相互作用、つまり合わせ技で解決する以外ないが、技術、市場による解決策が進展する鍵を握るのが、法的不確実性の解消であるとする。
「米地裁、非生成AIによる著作権侵害訴訟フェアユース認めず」のとおり、非生成AIに対する著作権侵害訴訟の判決は2月に下りている。AI開発企業の主張したフェアユースは認められなかったが、AIが絡まなくてもフェアユースが認められ難いと思われる特殊なケースだった。
しかし、40件に上る生成AIに対する著作権侵害訴訟については、NYタイムズの提訴から1年半経過している現在も地裁判決すら下りていない。メディア業界とIT業界の巨人同士のガチンコ勝負となっただけに最高裁まで行くのではとの見方もある。となると、優に5、6年はかかる。このように法律による解決策には時間がかかるが、それを待っていては急速に進展する生成AI革命に置いて行かれるおそれがある。
アマゾンもAI戦略ではオープンAIやグーグルの先行を許していたので、遅れを挽回したいというねらいがある。両社の思惑が一致した結果が今回の提携である。
以上が提携に踏み切る最初の理由だが、これに続く第2の理由は、市場による解決策であるマスメディアとAI開発企業のコンテンツ利用に関するライセンス契約は増加傾向にあること。
ライバルのウォールストリート・ジャーナル紙やニューヨーク・ポスト紙は1年前からオープンAIと提携している。アマゾン創立者のジェフ・ペゾスが保有するワシントン・ポストも2025年4月、提携に合意した。
和戦両様作戦の相乗効果
第3の理由は、法律と市場の相互作用に関連して、ライセンス契約が普及すれば、NYタイムズは訴訟も有利に展開できる。有料で提供している記事まで「ただ乗り」されたと主張している同紙としては、記事に価値があることの証明にもなるからである。
メレディス・レビエン最高経営責任者(CEO)は今回の提携について、「高品質のジャーナリズムはそれにふさわしい対価を得る価値があるという長年掲げてきた原則にも合致する」と述べている。
「米著作権局「AI訓練とフェアユース」報告書を出版前に発表」のとおり、フェアユースを判定する際、考慮すべき4つの要素のうち最も重要な要素は第4要素の「著作物の市場や価値への影響」である。報告書は生成AIが著作物の市場に与える影響として、「販売機会の喪失、市場の希薄化、ライセンス機会の喪失」という3つの側面に着目、これらはいずれもフェアユース判断に影響を及ぼすと指摘する。
NYタイムズが、アマゾンとの提携によりライセンス市場が成立していることを立証できれば、その機会を奪うオープンAIはフェアユースを主張し難くなる。このようにNYタイムズとしては訴訟を有利に展開するねらいもある。
まとめると、訴訟という強硬手段に訴えつつも条件が合えば提携するという和戦両様作戦は矛盾しているどころか、相乗効果も狙える戦略的な対応といえる。
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