USスチール(USS)は現地時間の6月13日(日本時間:同14日)、自社サイトに企業ニュースメディア『Business Wire』の「トランプ大統領、USスチールと日本製鉄の歴史的な提携を承認:President Trump Approves Historic Partnership between U. S. Steel and Nippon Steel」なる見出し記事を掲げた。同じ日、日本製鉄(日鉄)のサイトもUSSと連名で同じ内容のリリースを掲載した。
USSのサイトには、デビッド・バリットCEOが1月3日に「バイデン大統領の本日の行動は恥ずべき腐敗行為(shameful and corrupt action)」と難じた話も載っている。バイデンがこの日、「鉄鋼生産と鉄鋼労働者は我が国の屋台骨だ」「国内で所有・運営される強力な鉄鋼産業は、国家安全保障上の重要な優先事項であり、強靭な供給網にとって不可欠」として、改めてこの計画に反対を声明したのである。
23年12月にこの計画が発表されて以来、バイデン大統領のみならず共和党の大統領候補としてバイデンとの選挙戦の渦中にあったトランプも、バイデンとほぼ同じ理由でこれに反対の意を表明して来た。が、筆者は大統領退任を間近に控えたバイデンの念押し反対声明を聞いて、1月20日以降にむしろ計画が進展するに違いないとの感触を持った。
その主な理由は2つ。1つは、提携の枠組み次第でこの計画がトランプの標榜するMAGAに大いに貢献するであろうこと。2つ目はバイデンの反対ダメ押し発言である。日本のトップと違って公約を守るトランプは、「バイデンの政策の逆が正解」とばかりにその悉くを大統領令でひっくり返した。不法移民の取り締まり然り、気候変動原理主義の否定然り、DEIの排斥然りで、挙げればきりがない。
そこで筆者は2月7日、本欄に寄せた「トランプ関税と石破訪米」と題した記事でこう書いた。
石破総理がトランプと相まみえることになった。課題は山積しているが、あれこれ言うよりも、筆者は例のUSスチールの一件を冒頭に持ち出したらよいと思う。そしてこう言うのだ。
「日鉄は米国に工場を立地することが出来ますよ。それにより雇用創出も出来るし、米国車が米国製の日鉄の高品質な鋼板を安く使うこともできます。でも、それでは米国の鉄鋼業の仕事を少なからず奪うことになる。それなので、日鉄はUSスチールのインフラと雇用を維持するために投資を決意したのです。この投資は、米国の国益に必ずや資すると思います。」
かなりの確率でトランプは乗って来るように思うが、どうだろうか。
両社がリリースで「米国の鉄鋼業への前例のない投資を実施し、10万人以上の雇用を守る」とする「歴史的な提携」の枠組みの詳細の多くは明らかにされていない。が、リリースや各社の報道を含めて推察すれば以下のようになるだろう。
- 日鉄はUSSを完全子会社化(株式の100%保有)する
- USSは米政府に「黄金株(golden share)」を付与する
- USSと日鉄は米政府と「国家安全保障協定(National Security Agreement:NSA)」を締結する
- NSAには28年までに約110億ドルの新規投資(新規工場建設「green field project」の初期投資を含む)を行うとある(投資総額は140億ドル超)
- 米政府はUSSの取締役3人のうち1人を直接任命し、2人の人事も拒否できる
その「黄金株」についてラトニック米商務長官は14日、日鉄は米政府の同意なしに本社をピッツバーグから移転させたり、USSの社名を変更したり、米国内の工場を閉鎖したりできなくなるとSNSに投稿した。これは両社のリリースが、「NSAには、ガバナンス(米国政府への黄金株付与を含む)、国内生産、貿易問題に関するコミットメントも含まれています」と述べていることと符号する。

USスチールの工場で演説するトランプ大統領 ホワイトハウスXより
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さて、石破総理は17日午前(日本時間)、カナダでのG7の前にトランプ米大統領と30分間会談した。総理は、米政権が日本に課した関税措置を見直すよう求めたとし、会談後、記者団に「双方の認識が一致していない点が残っている。パッケージ全体の合意には至っていない」と述べた。
日本への関税は、目下、自動車・部品に25%、鉄鋼・アルミニウムに50%の追加関税をかけられている。加えて4月からの相互関税として各国一律の10%と、7月9日からは上乗せ分の14%が加わるので、鉄鋼への関税は77%になる。総理は、USSへの2兆円を超える投資と米政府の意向に沿った黄金株を含む「NSA」の見返りとして、日本の鉄鋼への関税引き下げをどの程度強く働きかけたのだろうか。
何しろ、鉄鋼に関しても日米共通の「敵」は中国である。トランプ関税も本来の標的は中国である。その中国の鉄鋼生産量は世界の約半分を占め、その過剰生産に各国は悩まされている。何しろ、日鉄44百万t(4位)とUSS16百万t(24位)を足した60百万t(23年)ですら、1位の中国宝武鋼鉄集団の131百万tの半分にも及ばないのだ。
日鉄とUSSの提携が承認されたとはいえ、その投資効果、つまりシナジーの発揮までには数年単位の時間が必要である。それまで77%の関税の掛った日鉄の鉄鋼で米国市場のフィジビリティースタディをせよ、というのでは巨額投資をした日鉄にとり余りに酷だし、日米両国にとっても如何にも無駄な時間ではなかろうか。
USSへの技術移転が予想される日鉄の特徴ある製品には、「ハイテン材」と呼ばれる高張力鋼板およびその冷間プレス用鋼板、電磁鋼板や住金由来のシームレスパイプなどが挙げられている。「ハイテン材」と同冷間プレス用は自動車の軽量化に必須の鋼板であり、自動車用モーターに使われる電磁鋼板と共に、トランプの目指す自動車の米国生産に必ず貢献するはずである。
日鉄は24年7月、中国宝山鋼鉄との合弁解消を発表し、24年9月には韓国ポスコ株売却も発表した。こうして米国集中へ背水の陣を明確に布いた姿勢を、USSとの提携交渉の過程で示したことも、トランプの琴線に触れたのではなかろうか。共に1901年に発祥した日米の鉄鋼業の老舗が手を携えて、両国の鉄鋼業再興に向けた巨額投資の実を結んでもらいたい。