不透明なハメネイ師後のイラン情勢:現体制の維持を期待している中露

昨年12月8日、半世紀以上君臨してきたシリアのアサド政権がアフメド・アル=シャラア氏が率いるイスラム主義武装組織「ハヤート・タハリール・アル=シャーム(HTS)」によって打倒され、HTSがダマスカスの権力を掌握した。その後、シャラア氏は今年1月末、暫定大統領に就任し、新国家建設に向けた5年間の移行期間を定めるなど、国際社会との連帯を模索してきた。イランでもシリアのような政権転換が期待できるか、と問われれば、「可能だが、その道程はシリア以上に困難が予想される」と言わざるを得ないのだ。

イランのアリ・ムーサヴィー駐英大使「イスラエルのイラン攻撃は国連憲章と国際法の基本原則に対する露骨な違反だ」と非難。2025年6月18日、IRNA通信から

1979年、亡命先のパリから帰国したホメイニー師によるイスラム革命後、聖職者支配の専制体制がイランで構築され、今日まで続いてきた。国内の反体制派指導者や組織は国外に亡命していった。国内には反体制派と呼べる指導者、グループは存在しない。そのようなイランでは同国最高指導者ハメネイ師が失脚し、聖職者者体制が崩壊した場合、人口約9000万人、日本の国土の約4倍の大きさを誇り、世界有数の原油生産国イランに政治的空白が生じる危険性が出てくるのだ。

トランプ米大統領は17日、ホワイトハウスで国家安全保障会議(NSC)の会合を開催し、イラン情勢について議論した。トランプ氏は自身のSNSに「無条件降伏!」をイラン側に求め、軍事的にも圧力を強めてきた。

米国のイラン政策はここにきてはっきりしてきた。イランの核開発計画を絶対に容認しないことだ。そのために、イランとの核協議を通じて核計画の破棄を強いる一方、イランが協議を拒否した場合、イスラエル軍とともに軍事力を行使してイランに体制転換を実行する、といったシナリオだ。

トランプ氏は国力を失ってきたイランとの核協議の再開を願っている一方、イスラエルのネタニヤフ首相は軍事力でイランの現体制の崩壊も辞さないといった立場だ。ちなみに、トランプ氏はSNSで、イランの最高指導者ハメネイ師が「どこに隠れているか正確に把握している」と主張、イランの最高指導者を脅迫している。

イランの国内事情やポスト・ハメネイの不透明さを考えると、イランの核問題を解決する唯一の方法は現時点では米国主導でイランと核協議を再開し、イランが2度と核開発計画を行わないように拘束力のある合意を実現することだろう。

カナダ西部のカナナスキスで開催された先進7カ国首脳会議(G7サミット)では、①イスラエルの自衛権を認める、②イランの核兵器製造につながる核関連活動を絶対に容認しない、③イランの核問題は最終的には関係国間の外交交渉で解決すべきだ、という3点から成る共同声明が発表されたばかりだ。

AFP通信によると、フランスのマクロン大統領は「イランの政権交代は混乱を意味する」と指摘、米・イスラエル両国の軍事力によるイランの政権交代には反対している。
同大統領は、2003年のイラク指導者サダム・フセイン政権打倒や2011年のリビアの長期統治者ムアンマル・アル・カダフィ大佐の殺害につながった米国主導の軍事介入とその後のカオスに言及しながら、「交渉のテーブルに戻るべきだ」と述べている。

参考までに、ハメネイ師の失脚後の後継政権について少し考える。

86歳の高齢で病気持ちのハメネイ師には今回のイスラエル攻撃がなくても後継者問題が常に囁かれてきた。ハメネイ師の後継者と見られたライシ大統領は昨年5月19日、搭乗していたヘリコプターの墜落事故で死去した。後継者候補者が集まっていた同国安全保障に関する最高意思決定機関「国家安全保障会議」のメンバーの半数は今回のイスラエル軍の攻撃で殺害された。すなわち、有力後継者というべき人物がいなくなったのだ。

それではライシ師後の大統領選で当選したペゼシュキアン現大統領はどうか。同大統領は聖職者ではなく、医者であり、改革派と言われてきた。ぺゼシュキアン氏(70)は大統領選では対抗候補者の保守強硬派ジャリリ最高安全保障元事務局長を大差をつけて当選した。イラン国民にはある程度の信頼を得ているわけだ。

同大統領は実際、議会の強硬派が採決した厳しい罰則を規定したヒジャブ法の施行に反対してきた。今回のイスラエルのイラン攻撃で同大統領のプレゼンスは明確ではないが、健在ならばハメネイ師後のある一定期間、イランの再建の中心人物として活躍できるのではないか。

ちなみに、後継者候補の一人としてメディアで騒がれている人物はイラン革命前のイランに君臨していたパフラヴィー朝(1925年から1979年)モハンマド・レザー・シャー・パフラヴィー国王の息子、元皇太子レザ・パフラヴィー氏(64)だ。同氏は米国に亡命中だ。

クロシュ・レザー・パフラヴィー氏とハメネイ師 Wikipediaより

なお、イランの同盟国のロシアと中国の出方だ。ロシアは対ウクライナ戦争ではイランから無人機やミサイルを手に入れてきたこともあって、イランの現体制の崩壊は願わしくないはずだ。ただし、イスラエル・イラン戦争の結果、世界市場の原油価格が急騰してきた。原油、天然ガスの輸出が最大の収入源のロシアに取っては朗報だろう。中国はイランから原油を輸入してきた経緯があるから、イラン現体制の維持を期待しているはずだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。