トランプ奇人論に基づく関税交渉の約束された破綻

篠田 英朗

トランプ大統領が、8月1日の一斉関税引き上げで、一連の関税交渉を終了にしたい意向を持っていると伝えられている。日本に対する関税率は25%だ。

これに対して、日本国内では、石破首相の「なめられてたまるか」発言に代表される感情的な反応が目立つ。残念ながら、学者・評論家層が、「トランプはバカだ、ハチャメチャだ、言うことを聞いてはいけない、徹底抗戦あるのみだ」といった威勢のいい主張で、率先して感情論を冗長してきた経緯がある。石破首相が、あえて選挙演説中に「なめられてたまるか」発言をしたのも、トランプ大統領を人格的に揶揄することが一般的になっている「専門家」層の風潮をふまえて、感情論に訴えることが、世論へのアピールにつながる、と計算したからだろう。

トランプ大統領 ホワイトハウスHPより

目を引くのは、トランプ大統領のウクライナを軽視する姿勢を見て、「アメリカを見限って欧州と連帯してウクライナへの支援を増強して、ロシアを駆逐しなければならない」といった主張をしてきた学者や評論家の方々までが、「関税でもトランプに譲歩してはいけない」といった類の主戦論の議論を展開していることだ。政治的立ち位置にもとづいて、なんとかして世論に影響を与えようと奔走している姿が目に付く。

非常に危険な状況である。

確かにトランプ大統領は、際立った個性を持つ人物である。しかし空前の規模の財政赤字と貿易赤字を抱えるアメリカが、必死の方策で赤字削減のための政策をとろうとすること自体は、決して破綻した態度とは言えない。もちろん粗削りな高関税政策が、政策として成功するのか否かは、別次元の検討課題として存在する。しかしそれにしても、「すべてはトランプが奇人であるために発生している事柄である、そのような奇人の奇行に屈してはいけない」といった主張が、的を射ていると言えるわけではない。

アメリカの巨額の赤字は、極めて構造的な問題であり、個人の性癖によって発生している問題ではない。

私は、別途トランプ大統領の高関税政策を、19世紀アメリカに存在していた高関税「アメリカン・システム」に思想的淵源を持つものだと説明してきている。トランプ大統領自身が、そのことを何度も明言している。

しかし、依然として日本国内では、「そんな説明はいらない、要するにトランプが奇人だということだ、ただそれだけのことだ」、という風潮が、あまりに根強い。「専門家」と称する学者や評論家層が、繰り返し現れては、メディアやSNSでその種のことを主張し続けている。

このような世相の中では、理知的な計算に基づいた交渉戦略を練って、現実的な落としどころの確保をもって一定の成果としていくような態度をとることは、極めて難しい。

私は日米関税交渉の行方には当初から悲観的である。参議院選挙終了後に、「専門家」及び大衆への迎合的な態度を、石破内閣が改めていく可能性もないわけではないとは思う。しかし基本線としては、8月以降の日本のさらなる停滞と迷走は、折り込み済の予測としておかなければならないようだ。

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