今年の1月に出た『文藝春秋』では、浜崎洋介さんとこんな議論をした。2024年末にルーマニアで極右候補が躍進した大統領選挙を、「ロシアの工作だ」として無効にする事件を受けてのことだ。
浜崎 外国からの政治干渉というのは、政治的には当たり前の話ですよ。だから干渉されないように防衛するんですが、でも、実施された選挙自体を無効にしてしまえば切りがない。それこそ「無限後退」です。
(中 略)
與那覇 証拠を示した上でならよいですが、自分に好ましくない結果を「悪い国のせいだ」と断定するだけなら、一種の陰謀論でしょう。沖縄で非自民の候補が勝ったら「中国の工作だ」と、決めつけるのと変わらない。
『文藝春秋』2025年2月号、196頁
現地でも、ロシアの干渉があったかの
「真相解明は道半ば」とされている
わずか半年後、つまりいま、日本でも同じことが始まりつつある。実施中の参院選で、当初ノーマークだった参政党が急伸するや、「ロシアの工作の結果だ」と断定する人が出てきた(7月15日)。
日本人ファースト自体は当然のことなのですが、特に違法なことをしているわけではない、普通に日本で真面目に働いている外国人を排斥するような行動をしたり政党を支持したりするようになるのは、ほぼ確実にロシアのプロパガンダによる分断工作の術中にハマっていると言えます。
山本一郎氏note(強調は引用者)
著者の山本一郎氏は草創期の「2ちゃんねる」に関わった実業家で、名誉毀損訴訟の当事者になることが多く、3回にわたりTwitterのアカウントが凍結されるなど(本人が認めている)、とかく問題の多い人だ。通常なら、発言がベタに信じられるというより、「ホントかな?」と疑問を持ちつつ読まれることが多いと思う。
もちろん著者が誰であれ、事実に基づく主張は尊重されるべきだ。しかし上記の記事を読んでも、ロシアが介入したという物証は示されない。本人が「調査手法に関するお問い合わせにはお答えできません」としている以上、科学的な検証もできないので、コメント欄でも批判する声は多い。
ところがこの山本氏の記事を、全肯定する形で拡散している「学者」がいる。ウクライナ戦争のセンモンカとして知られた人だが、ロシアを批判できれば、学問的な根拠はどうでもいいらしい。
2025.7.15
@hinabe_ch は、現在の山本一郎氏の
アカウントと目されている
学者だけではない。多くの選挙区で参政党と保守票を獲りあい、勝敗を競っている与党自民党の有力政治家が、異口同音に「この選挙には外国(ロシア)が介入している」との旨を口にし始めた。いずれも7月15日のことだ。
翌16日には、山本氏が「第三国との関係が疑われる大手アカウント」として記事内で挙げたものが、Twitterで凍結されている。しかしnoteで「物証なし」の告発がバズっただけで、そんなことが起きるのか。不自然と評するほかはない。
これこそまさに、学問や言論の自由と、民主主義への脅威である。
山本氏の記事は、ロシアがSNSに介入し「生活に不満を持つ日本国民にすべての責任は政府にあると怒らせ」、左右問わず「政治的に極端なポジションを取る各政党の主張を広げ」ているとするものだ。しかし国民の不満や左右の急進化をテーマとする学問的な研究は、たくさんある。
政治学はもちろん、社会学・心理学・哲学……と、いくらでもある。ところがそうした議論は、このまま行けば、選挙の後にこう言われるだろう。
「何を言ってるんですか? 国民の怒りも、左右の過激化も、ロシアが工作して生まれたもので、ウチの国のせいじゃないですよ?」
「なぜロシアの工作を非難せず、日本の社会に問題があったみたいに書くんですか? みなさーん、この著者は親露派ですよー!」
……と。歴史学でも、ワイマール共和政の中道路線が支持を失い、極右と極左が伸びて右が勝利する過程の分析は多くあったが、そんなのはぜんぶ「コミンテルンの工作だった」と、呼ぶに等しい主張が広まってゆくわけだ。
そこで止まれば、まだいい方である。報道を引用した小泉進次郎氏も、河野太郎氏も、首相になる可能性のある政治家だ。彼らが将来、意に沿わない結果が出た選挙に対して、
「後で調べたら、外国がSNSで介入していたので、この選挙は無効にする」
と、言い出すかもしれない。煽りや誇張ではなく、「進んだEU」で、現に起きていることだ。
以前も紹介したが、日本の同盟国であるアメリカのヴァンス副大統領は、ルーマニアでの「選挙無効」の判定こそが、外ではなく内から来る民主主義への脅威だとして、強く欧州を叱責した。
視野を広げてくれと言いたい。ロシアがソーシャルメディアの広告を買って選挙に影響を及ぼすのはいけないことだと信じてもいいでしょう。……でもね、あなたの民主主義が、外国からの数十万ドルの広告で破壊されるようなものなら、そもそも大して強い民主主義じゃなかったのでは?
2025.2.14のミュンヘンでの演説
山形浩生氏の訳文から、誤字を修正
そもそも、いまの日本が根本的に「どこかおかしい」という疑念から、既成の政党やメディアで主流の論調を嫌い、意想外の選択肢に投じる現象は、参院選の前から起きている。昨年なら石丸伸二氏の躍進や、斎藤元彦氏の再選であり、その前にもN国だったり、色々あった。
それらもぜんぶ、ロシアが介入して「不安定化」工作を施した結果なのか。石丸氏や斎藤氏が伸びて、ロシアになんの得があるのか。そこまで自在に選挙を操れる無敵の大国なら、むしろ歯向かうのをやめたらどうか。
私たちがやるべきことは、明白であり、何度も書いている。政府とメディアと専門家が総ぐるみでまちがえた新型コロナ禍以来の失敗を放置し、検証せず、あたかも「なにも問題はなかった」かのように装っているから、社会の現状それ自体への不信が高まっているのだ。
必要なのは反省であり、誤りを認め、責任がある者を処罰し、時に失敗があったとしても「社会はまともである」と示すことだ。そうすることで初めて、「現状の全否定」を看板にする極端な政党への、期待や支持は弱まる。
ところがそれを妨害する者がいる。自分のまちがいを認めたくない、あのとき一緒にズッコケた政府やメディアを、今後も巻き添えにして「おいしい思いをし続けたい」という事情の持ち主だ。
そうした人が、学問的な手続きを踏まえず「現状が悪いわけじゃない。不満はぜんぶロシアの工作! 」と言い出しても、不思議はない。ニセモノのセンモンカに、学者の矜持はないからだ。
参政党がまともかはともかく、コロナ禍以来ずっと続く「ニセモノの時代」を終わらせるきっかけとして、俺たちは現状を信じないとする民意を可視化することには、意味がある。したがって、最大限の躍進が望ましい。
なによりそれを解説する役割は、ホンモノが担うべきだ。「同業者は庇いあおう」といった矮小なカルテルに基づき、ニセモノの事実誤認はおろか、陰謀論すら批判できない学者もまた、ニセモノである。落選する代議士と手を取りあって、速やかに退場させることが必要である。
参考記事:
(ヘッダーは3年前、参政党の初議席獲得を報じるNHKより。今日の報じ方との落差も興味深い)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年7月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。