28カ国の西側諸国は21日、パレスチナ占領地に関する共同声明を発表した。「共同声明」の署名国は、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、キプロス、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、アイスランド、アイルランド、イタリア、ギリシャ、日本、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スロベニア、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、そして欧州連合(EU)平等・準備・危機管理担当委員が含まれる。
ブリュッセルの外相会議に参加するオーストリアのベアテ・マインル=ライジンガー外相 2025年7月15日 オーストリア外務省公式サイトから
共同声明は先ず、「署名国は、簡潔かつ緊急のメッセージとして、ガザにおける戦争は今すぐに終結しなければならないと訴える」と明記したうえで、「ガザ地区の民間人の苦しみは、かつてないほど深刻化している。イスラエル政府の援助提供モデルは危険であり、不安定化を助長し、ガザ地区の人々の人間としての尊厳を奪っている。水と食料という最も基本的なニーズを満たそうとする民間人(子どもを含む)への、非人道的な殺害を、私たちは非難する。800人以上のパレスチナ人が援助を求めて殺害されたことは、恐ろしいことだ。イスラエル政府が民間人への不可欠な人道支援を拒否していることは、到底容認できない。イスラエルは国際人道法に基づく義務を遵守しなければならない」と訴えている。
そして2段目に、「2023年10月7日以来、ハマスによって残酷に拘束されている人質たちは、依然としてひどい苦しみを味わっている。私たちは彼らの拘束が続いていることを非難し、即時かつ無条件の解放を求める。停戦交渉による合意こそが、彼らを故郷に連れ戻し、家族の苦しみに終止符を打つ最大の希望となる」とイスラエル側の主張に配慮したうえで、「私たちはイスラエル政府に対し、援助の流れに対する制限を直ちに解除し、国連と人道支援NGOが人命救助活動を安全かつ効果的に行えるよう緊急に支援するよう求める」と述べている。
「共同声明」発表の直接の契機は、、イスラエル軍が20日、支援物資を受け取るため集まった住民に発砲し、93人が死亡するという事態が生じたことだ。ガザでは、配給所付近で食糧を求める多くのパレスチナ人、少年や少女たちが殺害される例が多発している。国連によると、5月下旬以降800人近くが犠牲となったという。
「共同声明」に署名した国リストをみると、ドイツが署名に参加していないことに気が付く。一方、ドイツと共にイスラエルへの無条件支持を表明してきたオーストリアは署名国となっているのだ。
メルツ首相は22日、「わが国は欧州理事会で既に同様の立場を取っている」と政府の行動を擁護した。ただし、同首相は5月26日、ベルリンで開催されたドイツ公共放送「西部ドイツ放送」(WDR)主催の「ヨーロッパフォーラム」で、イスラエルのガザでの行動について、「ガザの民間人の苦しみはもはやハマスのテロとの戦いによって正当化されることはない」と強調し「イスラエル政府は最良の友人でさえも受け入れることができなくなるようなことをしてはならない」と、イスラエルのガザ戦闘を厳しく批判した。一方、メルツ首相の連立パートナー、社会民主党(SPD)のマティアス・ミールシュ院内総務は、メルツ首相の姿勢に不満を表明し、「28カ国の共同声明の明確なシグナルは正しく、ドイツも本来、共有すべきだ」と述べている。メルツ連立政権でイスラエル政策で相違があることが分かる。
ドイツとイスラエル両国は今年、外交関係を樹立して60周年を迎えた。ドイツでは過去、個々の政治家がイスラエルを批判することがあっても、政府レベル、首相が公の場でイスラエル政府を非難することはなかった。ドイツではイスラエルに対して無条件で支援するという国家理念(Staatsrason)があって、それがドイツの国是となってきた。その背景には、ドイツ・ナチス軍が第2次世界大戦中、600万人以上のユダヤ人を大量殺害した戦争犯罪に対して、その償いという意味もあって戦後、経済的、軍事的、外交的に一貫としてイスラエルを支援、援助してきた経緯がある。
メルケル元首相は2008年、イスラエル議会(クネセット)で演説し、「イスラエルの存在と安全はドイツの国是(Staatsrason)だ。ホロコーストの教訓はイスラエルの安全を保障することを意味する」と語っている。メルケル氏の‘国是‘発言がその後、ドイツの政治家の間で定着していった。
一方、ドイツと共にイスラエルに対して無条件支持を表明してきたオーストリアは今回、「共同声明」に署名している(オーストリアはアドルフ・ヒトラーの出身国であり、ナチス政権の戦争犯罪に加担してきた国だ)。
ベアテ・マインル=ライジンガー外相は共同声明に署名したことで、「オーストリアの中東政策におけるパラダイムシフトではないか」という指摘に対し、「声明の内容は私が何ヶ月も言い続けてきたことだ。オーストリアはイスラエルを支持するが、同時に、ガザの人道状況に目をつぶっているわけではない。イスラエルには自衛の権利があるが、殺害は止めなければならない」と説明している。そして「共同声明はハマスを支援する結果となる」という批判に対しては、「不合理だ。ハマスはテロ組織だ」と一蹴した。
ちなみに、マインル=ライジンガー外相はドイツのヨハン・ワーデフール外相とイスラエルのギデオン・ザール外相をウィーンに招き、「ウィーン三国会談」を発足させるなど、ウィーン、ベルリン、エルサレム間の協議の枠組みが確立されたばかりだ。
なお、イスラエルの駐オーストリア大使、デイヴィッド・ロート氏は日刊紙「プレッセ」(23日)の中で、「このような微妙な時期にこの声明を発表しても、停戦に近づくことはない。むしろ、ハマスのテロリストたちを勇気づけ、強硬にさせるだけだ」と反論している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年7月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。