人生を不幸にする「認知の歪み」の治療法

黒坂岳央です。

人は世界をあるがままではなく、見たいように見ている。だが、その“見え方”が現実と食い違っていることに自分で気づける人は少ない。こうしたズレを心理学では「認知の歪み」と呼ぶ。

大小の差はあれど、この歪みは誰にでも存在する。そして問題は強すぎる歪みが生じることで、自覚がないまま人生を悪く左右されてしまうことである。

oktian maulana/iStock

「見え方」が狂っていた過去

筆者自身も若い頃、非常に強い認知の歪みを抱えて生きていた。

「上司に注意された=自分のことを嫌い」
「自分の人生は呪われていて、何をやっても悪いことが起こり続ける」

といった極端な白黒思考や、過度な自己否定が常態化していた。

根本的にコンプレックスや歪みが解消されたきっかけは妻である。彼女からロジカルでストレートな指摘をもらったことで、自分の思考がいかに偏っていたかを思い知らされた。「認知の歪み」の存在を理解したのもこのタイミングであった。

また、会社員をやめて独立、自分の行動が100%リスクもリターンも背負う世界に入ることになった。PDCAを回し続けて失敗をフィードバックとして受け入れる訓練を続けるうちに、認知の歪みは少しずつ修正されていったという感覚がある。

自分の体験を経て感じることは、「認知の歪みは自力で治すのが極めて難しい」という点である。一般的には家族や友達、上司からのフィードバックで認知の歪みを解消していくことが多いだろうが、筆者は親しい友人を数多く持っているわけではなかった。そのため、自分が仮に独身だったなら他者からの指摘を得られず、ひどく歪んだまま中年に突入していた可能性が高い。

外部からのフィードバックを受け取れる環境に身を置き、耳の痛い指摘をしてくれる相手を持つことは極めて重要なのだ。

歪んだ世界から抜け出せない理由

認知の歪みが厄介なのは、それが強化されるほど“本人には心地よく”なってしまうことである。

たとえるなら、近視の人間が「少しぼやけているくらいの世界がちょうどいい」と感じてしまうのと似ている。度の強い眼鏡をかけると、世界がくっきり見えるはずなのに「細かく見えすぎて違和感がある」と拒否反応を起こすようなものである。

歪んだ世界観に慣れてしまうと、自分と異なる意見や反論は「攻撃」として感じられるようになる。SNSではあちこちで差別・弾圧・迫害が起きているのも認知の歪みを持つものによる攻撃である。

見え方が強く歪むと、誰も寄り付かなくなる。結果、誰からも認知の歪みを指摘されなくなり、ますます閉じた世界に引きこもってしまう。こうなると人生のあらゆる側面で損失が生まれる。人間関係はギクシャクし、キャリアの選択肢は狭まり、精神的にも不安定さを抱えやすくなるのだ。

今こそ、若いうちから認知を整えるべき理由

かつてはこうした認知の歪みは、中高年の問題とされていた。若者は社会人経験を通じて上司や先輩から厳しいフィードバックを受けることで、少しずつ矯正されていった。だが、現代は状況が変わった。上司が間違いを指摘するだけでも「パワハラ」と騒がれる時代になったことで、職場や教育現場でも“誰も注意されない社会”が生まれつつある。

この結果、若い世代でも認知の歪みを抱えたまま年を重ねてしまうリスクが高まっている。一般的に年齢を重ねるほど、人は変化を拒むようになるので、若いうちにフィードバックを受けて社会性や論理性を磨いておかなければ、後年に大きな社会的・経済的代償を払うことになるのである。

居心地の良い場所、馴染み深い人間関係ばかりに留まると、短期的には楽だが、長期的には自分を孤立と損失に導いてしまう。

AIから指摘を受ける

だが絶望するにはまだ早い。現代にはAIという非常に優れたツールがある。AIは人間関係に配慮しない。「自分の考えは妥当か?」と問いかけると、主観を交えずに論理的にフィードバックを返してくれる。ある意味、最も無慈悲で最も公平な“鏡”である。

実際に筆者が活用するプロンプトは次のようなものだ。

「下記の見解、思考の妥当性を評価してほしい。認知の歪みや論理的矛盾、社会性の欠如は含まれているか?」

「先日下記のようなやり取りがあり、自分はこのように思考、行動を取ったのだが、これらの妥当性を評価してほしい」

このように「自分の考えや行動は一般的に見て妥当か?」と頼むのだ(もちろん、個人情報や機密データの入力は学習されないよう、しっかりマスキングは必要だ)。

今ではほぼズレることはないが、それでも「このやり取りにおいて、あなたはこの点について強く反応した箇所がある」などと指摘してもらえる。なぜそうなったのか?何が問題か?どう解釈すると解決するか?を深堀りすることで解決する。

ちなみに筆者の場合は「あなたは相手の話を自分事として解決しようとするクセがある。相手が深く考えず発言したことや、単なる愚痴でも意図や心理状態を深読みして解決策を出力しようとしてしまう。相手から話を受けた場合は”相談、質問、報告”などに分類し、システマチックに処理するようにしたほうがいい」と言われて目からウロコが落ちる思いだった。

確かに相手が単に聞いてほしいと思った話でも、「問題を解決せねば!」と考えるクセがあったことに気付かされたわけだ。

AIは心理学や論理学に基づいた知見をもとに、冷静かつ正確に思考の歪みを指摘してくれるだろう。人間から言われると腹が立つ指摘も、AIからなら冷静に受け止めやすいという利点もある。

結局のところ、人生の不幸の大半は「現実そのもの」ではなく、「現実の受け取り方」に起因している。認知の歪みを放置すれば、他人を遠ざけ、チャンスを逃し、未来を狭める。逆に、認知を修正し、より正確な見方ができるようになれば、人間関係も、キャリアも、精神状態も安定する。一生のQOLを決めるのは認知の歪みの質なのだ。

 

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