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23区と東京都が力を合わせて、ふるさと納税制度に対抗する方法について提案をしたい。
ふるさと納税制度による東京23区における影響
ふるさと納税制度は、東京23区の財政に深刻な影響を与えている。
ご存じのとおり、ふるさと納税は、寄付者が居住地以外の自治体に寄付することで、住民税などの税控除を受けられる制度である。これにより、東京23区の住民が他の自治体に寄付することで、本来23区に入ってくるはずの住民税が流出している。
東京都主税局HP「ふるさと納税に対する東京都の見解」によれば、ふるさと納税による都及び都内区市町村の減収額は年々増加しており、令和6年度の減収額は1,899億円(都民税分が759億円、区市町村民税が1,141億円)、これまでの累計は9,452億円にのぼる。
図1 「ふるさと納税」による都及び都内区市町村の減収額
出典:ふるさと納税に対する東京都の見解
東京都における「ふるさと納税」による減収額のうち、都民税分759億円は特別養護老人ホームの施設整備費補助、約70施設分に相当するとしている。
図2 ふるさと納税による東京都の減収分の規模感
出典:ふるさと納税に対する東京都の見解
また東京23区の区長が集う特別区長会においても、ふるさと納税制度が抱える問題点を強く認識しており、「不合理な税制改正等に対する特別区の主張」の中で、国に対して制度の廃止を含めた抜本的な見直しを求めている。ちなみに特別区の法人住民税の一部国税化や地方消費税の清算基準の見直しなどそのほかの課題がある。
特別区長会の分析によると、東京23区の住民税の流出額は年々上昇しており、令和6年度は23区合計で約933億円となった。これは上記グラフの区市町村民税分1,141億円の内数となる。世田谷区では2024年度に110.3億円となり、100億円の大台を超えた。原資となっている特別区民税(住民税)の流出(減収)が10%を超える規模の区も現れ始めた。
表1 各区におけるふるさと納税控除額の推移
出典:不合理な税制改正等に対する特別区の主張
多くの自治体では、ふるさと納税による減収額の75%が国からの地方交付税で補填されるが、東京23区は「地方交付税不交付団体」であるため、国からの補填が一切ない。そのため、流出した税収がそのまま区の財政を直撃し、高齢者福祉、子育て支援、インフラ整備などの住民サービスの維持に影響を及ぼす可能性がある。
もし、財政危機となった場合には、地方交付税の補填がない東京23区は、不足分を自力で賄うために積立金を取り崩す必要が生じる可能性があり、財政運営の柔軟性が失われる。
東京都、23区の制度への批判と見直しへの要望
東京都は、
ふるさとやお世話になった自治体を応援するという制度創設時の理念から大きくかけ離れており、都市部だけでなく、地方全体にとって有益な制度とはなっていません。こうしたことから、都は、「ふるさと納税」について、寄附本来の趣旨等を踏まえ、廃止を含め制度の抜本的な見直しを行うよう国に求めています。
との主張をしている。
また特別区長会の分析によれば、人口一人当たりの地方財源を比較したとき、東京都の財源が他の道府県よりも突出しているわけではないことが示している。
このようなことからも、
今後も膨大な財政需要への対応が不可欠な中、東京一極集中を理由とした、偏在是正措置については、決して容認することはできません。
と強い意志を示している。
図3 人口一人当たりの地方財源
出典:不合理な税制改正等に対する特別区の主張
制度へ対する問題点の指摘
ふるさと制度全体に対する問題点をまとめると以下のようになる。
- 返礼品競争の過熱: 本来の趣旨である「ふるさとや応援したい自治体への寄付」から逸脱し、高額な返礼品競争になっている。
- 地方税の原則に反する: 住民が居住する自治体に住民税を納め、その税金で住民サービスを提供するという地方税の原則(受益と負担)に反している。
- 公平性の問題: 高所得者ほど多額の控除を受けられるため、税優遇の公平性に問題がある。
- 国税の地方税への転嫁: ワンストップ特例制度により、本来国税である所得税の減収が住民税の減収として地方に転嫁されている。
23区の対応
税収流出の深刻化を受け、これまでふるさと納税制度への参加に消極的だった区も、自衛策として対応に乗り出す動きが見られる。一部の区では、税収流出を補填するため、返礼品の拡充を行っている。
表2は私が23区の自民党の幹事長会で作成を依頼した、区への寄付を促す取り組みも行われている。
表2 ふるさと納税 23区の主な返礼品(過去の品も含む)
流出分を補うほどの寄附流入は見込めていないものの、マラソン大会、そば打ち、駅長体験、フライトシミュレーターなどのコト消費やトキ消費といった体験型の返礼品には、東京ならではの魅力的なコンテンツも含まれている。
また、地域通貨や人間ドック、歯科健診の受診チケットなど、生活に密着した実用性の高い返礼品メニューも新たに登場してきている。
今後、23区が目指すべき方向性の提案
特別区(東京23区)は、ふるさと納税制度に対して反対の立場を取るのみならず、物品(モノ)消費に偏るのではなく、体験や時間といった「コト消費」「トキ消費」に着目した返礼品の開発を積極的に進めることで、制度に則りつつも現実的に対応していく姿勢が求められる。
また、制度上、自らが居住する自治体への寄附ができないという制約がある中で、各区は通勤・通学者をターゲットとした施策を講じることで、区外への財源流出を抑制する仕組みづくりを進めていく必要がある。
昼間における人の移動
昼間の人口の流入出については、地域経済分析システム(RESAS)を活用すると可視化しやすい。
使用方法、活用の一例については「中野区の未来をデータで描く:RESASが示すまちづくりの羅針盤」を参照されたい。
図4に中野区の流入・流出者数を示す。流入とは日中、通勤・通学で中野区に入ってくること、流出は中野区から出ていくことを示す。流入と流出の差が昼間人口の差として表れる。
中野区においては他自治体からの流入者が82,283人、他自治体への流出が102,307人で、その差し引きで流出超過数は20,024人で、流出者の方が多いため、夜間人口よりも昼間人口が少なくなる。
図4 中野区の流入・流出者数(2020年、RESASデータに著者編集・加筆)
上図のような情報から、JR中央線沿線の各自治体における人口の流入・流出状況を図化する。
まず図5は杉並区からの流出者数を示したもので、RESASにおける上位7自治体とその人数を掲載している。上位5自治体は、千代田区(約2.6万人)、新宿区(約2.5万人)、港区(約2.0万人)、渋谷区(約0.8万人)、中央区(約0.7万人)であり、いずれも「都心5区」への流出が顕著である。
図5 杉並区からの流出人口(2020年)
図6は中野区からの流出人口を示しており、中野区においても同様に都心5区への流出が多く見られる。
図6 中野区からの流出人口(2020年)
図7は都心5区の一つである新宿区からの流出人口を示しており、流出者数自体は少ないものの、新宿区外の自治体への流出が一定程度存在することがわかる。
図7 新宿区からの流出人口(2020年)
図8は新宿区への流入人口を示したもので、特に川崎市、横浜市、さいたま市といった23区外の都市から多くの流入がある点が特徴的である。
図8 新宿区への流入人口(2020年)
最後に、図9は千代田区への流入人口を示しており、昼間には約84.5万人が流入している。主な流入元は、23区のベッドタウンや東京都外の政令指定都市であることが確認できる。
図9 千代田区への流入人口(2020年)
図10に令和2年国勢調査 従業地・通学地による人口・就業状態等集計結果 結果の概要の図面を参考に掲載する。千代田区の昼夜間人口比率は1,738.8%、つまり夜間人口の17倍の人口が日中滞在している。
図10 昼間人口、夜間人口及び昼夜間人口比率-東京都特別区部(2020年)
図11は、東京都公式ホームページ「東京都の昼間人口の概要」に掲載されている「東京都への流入人口」のデータに、令和2年度国勢調査の人口速報集計結果を著者が加筆したものである。
これによれば、東京都への流入人口は関東全体で約336万人にのぼり、東京都を除く関東地方の人口約2,962万人に対して約11%を占めている。これは、相当数の人々が東京都へ流入していることを示しており、仮にこれらの人々が勤務先である自治体にふるさと納税を行うようになれば、東京都にとって非常に大きなインパクトを与える可能性がある。
図11 東京都への流入人口
都心5区にふるさと納税が偏ることへの対策
この考え方が実現した場合、都心5区にふるさと納税が集中することは必至であることから、都区財政調整制度を柔軟に活用し、各区の財政運営に支障が生じないよう適切な対応を図る。都区財政調整制度により、東京都は各区に特別区財政調整交付金を配分する。
特別区財政調整交付金は、都及び特別区並びに特別区相互間の財源配分の均衡化を図り、特別区の行政の自主的かつ計画的な運営を確保することを目的として、都が課税・徴収する固定資産税、市町村民税法人分及び特別土地保有税並びに法人事業税交付対象額及び固定資産税減収補塡特別交付金の収入額の一定割合を、各特別区に交付するものです。
交付金には、普通交付金と特別交付金の2種類があり、交付金の総額の94%が普通交付金、6%が特別交付金となります。普通交付金は、都が各特別区の基準財政需要額と基準財政収入額を算定し、需要額が収入額を超える特別区にその財源不足額に応じて交付し、特別交付金は、災害による財政需要など特別の事情のある特別区に交付します。
図12 都区財政調整制度の基本的仕組み(令和6年度)
簡単に言えば、東京都が徴収する主に固定資産税や市町村民税(法人分)は、後に東京都と東京23区で財源を分け合う仕組みとなっている。この制度においては、特別区民税(住民税)が不足している区ほど、より多くの配分を受ける仕組みになっている。
ふるさと納税による税収の流出・減収は、特別区民税(住民税)の減となり、逆に流入・増収分は「寄附金」として扱われる。都心5区においては、ふるさと納税を通じて税収が増える可能性もある一方で、それ以外の区では減収のリスクが高い。しかし、この財源調整制度を柔軟に運用することで、減収分の一定程度を補填できる仕組みとすべきではないかという提案である。
もっとも、このような柔軟な制度運用への変更には、東京都および東京23区の合意が不可欠である。仮に合意が得られるのであれば、東京都としては「勤務先の自治体へのふるさと納税」を促す広範なキャンペーンを展開することも、有効な対応策の一つと考えられる。
東京都および東京23区においては、ふるさと納税制度に単に反対するだけでなく、積極的に制度を活用し、反転攻勢に出ることを期待したい。