
図1 地域経済分析システム(RESAS)ホーム画面
1. RESASの活用
地域経済分析システム(RESAS)は、平成27年4月より国が提供開始、リリースから10年ほど経過し、内容も充実してきた。
経済学の基礎も学んでいない著者が語るのは大変恐縮だが、私が区議会議員を務める中野区を事例にRESASの活用方法について、ひとつの切り口としてご紹介したい。
内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局と内閣府地方創生推進室ビッグデータチームは地域経済に関連する様々なビッグデータを「見える化」するために地域経済分析システム(RESAS)を構築している。
地域経済分析システム(RESAS)マップ(地域経済の「見える化」に向けた取組、pp.5)として、①人口マップ②地域経済循環マップ③産業構造マップ④企業活動マップ⑤消費マップ⑥観光マップ⑦まちづくりマップ⑧医療・福祉マップ⑨地方財政マップ、が公開されている。
RESASでは様々な分析が可能だが、都道府県単位のデータのみの分析が多い。ここでは市区町村別の分析データが充実している「②地域経済循環マップ」と「⑦まちづくりマップ」を取り上げる。

図2 地域経済分析システム(RESAS)マップ一覧
地域経済分析システム(RESAS)、 デジタル田園都市国家構想データ分析評価プラットフォーム(RAIDA)について 地域経済の「見える化」に向けた取組、pp.2
(1)まちづくりマップ
まずは⑦まちづくりマップから示す。
図3に示すようにRESASでは通勤通学による流入・流出の人口のイメージ図(HP上では動画)が表示される。昼夜間人口データは国勢調査であるため、5年に一度、直近では2020年度のデータとなる。

図3 RESAS地域間流動マップ(東京都中野区,流入者数)
図4は昼間人口・夜間人口の年齢階級別構成割合(東京都中野区,2020年)である。夜間人口は中野区の人口を示しており、昼間人口は出勤・通学で中野区から出入りした結果、日中いる人数を示している。実際は夜間勤務される方もいるため、実態の数字ではないが、参考値になる。
昼間人口を夜間人口で割り、算出される「昼夜間人口比率」は、100%を下回れば、他自治体に出稼ぎのために都心に通う「ベッドタウン」、逆に100%を超えれば、出稼ぎに通われる「オフィス街」であるかを示すバロメータとなると考える。中野区は2020年現在で昼夜間人口比率が94.46%であり、ベッドタウンといえる。

図4 昼間人口・夜間人口の年齢階級別構成割合(東京都中野区 2020年)
RESASデータに著者編集・加筆
しかし、経年変化を追うと見え方が変わってくる。図5に中野区の昼夜間人口比率を示すが、右肩上がりである。
1991年から始まったバブル崩壊により、下がり続ける土地の価格を維持するために、国は容積率緩和等のあらゆる規制緩和を行った。
その結果、都心近郊であった中野区においては1990年代から2000年代初頭にかけて建設ラッシュ、区が直接かかわった事業として、野方WIZ、なかのサンクォーレ、中野坂上サンブライトツイン、ハーモニースクエア、アクロスシティ中野坂上などの市街地再開発事業などを活用したオフィスビルなどがあり、1990年80.7%だった昼間人口比率は2005年に92.0%へと激増した。加えて、2012年警察大学校跡地開発、現・中野四季の都市(まち)などにより再び昼間人口は増加し、2010年から2020年の10年間で3.6万人増加した。
コロナが原因であるのか、昼夜間人口比率は2015年95.4%から2020年94.5%と伸びはなかった。しかし中野区の昼間人口は増加中であり、ベッドタウンとオフィス街の分岐点となる100%まで迫っている。
中野区が自ら稼ぐオフィス街とするのか、都心3区等へ出稼ぎに行くベッドタウンであり続けるか、中野のまちづくりの方針が今、問われている。
著者は無論自ら稼げる街になるべきと考える。詳細は「サンプラザ再開発計画白紙へ:中野区議会からみた顛末」を参照されたいが、新サンプラザ計画が立ち消えになったが、新・中野サンプラザのオフィス、分譲住宅、交流施設の割合は昨年段階で4:4:2であった。

昨年9月に総工事費900億円超の増額により、事業収支に関する計画の見直しが必要となり、分譲住宅を6割との方針とした。それはすなわちオフィスを2割以下にすることであった。中野の一等地であり、区が計画に直接関与するビルの分譲住宅面積が大きくなることは、区のまちづくりの姿勢を示すもので看過できないものであった。

図5 中野区の昼夜間人口比率
著者作成
図6に中野区の流入・流出者数を示す。流入とは日中、通勤・通学で中野区に入ってくること、流出は中野区から出ていくことを示す。流入と流出の差が昼間人口の差として表れる。
中野区においては他自治体からの流入者が82,283人、他自治体への流出が102,307人で、その差し引きで流出超過数は20,024人で、流出者の方が多いため、夜間人口よりも昼間人口が少なくなる。
図4で示す昼夜間人口の差より1000人くらい多いが、RESAS事務局に確認したところ、「特別区23区においては、このデータは15歳以上に絞られているため」とのことである。通学で中野区内に流入する小中学生よりも中野区外に流出している子どもが1000人多いと考えられる。
ここで重要なのは、毎日の通勤通学で練馬区、杉並区から9000人程度、横浜市から3300人程度、新宿区、世田谷区2700人程度が流入しており、一方、通勤通学による流出は新宿区へ20000人程度、千代田区14000人程度、港区、11000人程度、渋谷区8000人程度の流出していることである。未だ中野区は都心3区等へ通うためのベッドタウンでありつつも、中野区は通勤・通学(高校・大学)で通われる街になってきた。

図6 中野区の流入・流出者数(東京都中野区 2020年
RESASデータに著者編集・加筆
以上のことより、現状の人の流れを理解することができた。
では中野区の経済的発展ためには、どのような人の流れを創るべきなかのかRESASの「地域経済循環図」から考えるため、今の中野区の経済的な特徴を理解することから始める。
(2)地域経済循環図
RESASで図7に示す地域経済循環図は、容易にすべての基礎自治体を作図できる。付加価値額ベースでお金が生産、そのお金は給料、納税として分配、分配で得られた所得は何かを購入することで消費、支出される、その流れを示している。
国民所得や国内総生産(GDP)が、生産、分配、支出の3つの側面から算出しても同じ値になるという経済学上の原則で、三面等価の原則とも呼ばれ、マクロ経済学の基本のようだ。中野区内では1.8兆円規模の経済循環が行われている。

図7 地域経済循環図(東京都中野区 2018年)
図8は図7の生産(付加価値額)を拡大したものである。算出される金額はGDPと同じで売上高から、商品仕入れ高、材料費、外注加工費を差し引いたものである。中野区の付加価値額の合計は1兆7,848億円でうち94%が第3次産業で1兆6793億円である。

図8 地域経済循環図-生産(付加価値額)(東京都中野区 2018年)
図9は図7の分配(所得)を拡大したものである。中野区内で生産された約1.8兆円のお金は雇用者所得とその他所得に分配される。雇用者所得は給与とし、その他所得は財産所得・企業所得、交付税、社会保障給付、補助金等として分配される。
雇用者所得で中野区民が受け取った給与は9995億円で約1兆円である。給与の流入と流出の差し引きである「地域外からの流入」が615億円であり、上述のとおり、都心3区へ出稼ぎに行っていた時代は終わりつつあり、オフィス街へと変貌を遂げている最中である。

図9 地域経済循環図-分配(所得)(東京都中野区 2018年)
図10はRESASが説明する雇用者所得の内訳である。中野区を例にしていえば、雇用者所得の水色は中野区内企業から中野区民・非中野区民に支払った給与、赤色が中野区内企業と区外企業が中野区民に支払った給与を示している。
図10のイメージを作図したものが図11である。水色9,380億円が地域内勤務者ベースに対する給与、水色9,380億円と赤色615億円を合わせたものが地域住民ベースである。
ここでは雇用者所得と地域住民ベースの給与を同じ高さにし、それぞれの区民、非区民、区内企業、区外企業に参考値としてその人口に按分する。参考値として参照したのはe-Stat:国勢調査/令和2年国勢調査/従業地・通学地による人口・就業状態等集計(主な内容:従業地・通学地による人口,昼夜間人口など)である。しかし約34.5万人の人口に対して、従業地・通学地「不詳」が約11.6万人であるため不確実性は高い。
両方に共通するのは黄色の中野区内企業が中野区民に払った給与である。すなわち赤色の「地域外からの流入」は、「中野区企業が非中野区民に払った給与」と「中野区外の企業が中野区民に払った給与」の差となる。つまり中野区から出稼ぎで稼いだ給与の方がGDPベースで615億円多い。
615億円の差は「区外企業が区民に支払った給与:紫色」と「区内企業が区民に支払った給与:緑色」の差で表されるが、それぞれの人口に対して、その給与の差が大きい。この差が埋まるということは中野区内企業の給与がいい可能性がある。

図11 雇用者所得の勤務者内訳
図12は地域経済循環図の支出である。図11の雇用者所得でもらった給与は主に支出における民間消費額に反映される。
民間投資額は設備投資、その他支出は行政からの発注であり、地域外からの外貨を獲得できているが、民間消費は地域外に流出している。中野区民が区外で稼いでも、その勤務先でお金を使えば、地域外へ流出する。またネット通販で購入すれば、その支出は会社の所在地にお金が流出する。中野区民・区外の方にも中野区で買い物をしてもらわなければ、地域外へ流出し続けてしまう。

図12 地域経済循環図-支出(東京都中野区 2018年)
区外にお金が流出している事例で数値化できているものとして、表1の23区の令和5年度の特別区たばこ税がある。
各自治体の大きな財源であるが、その税収はまちまちである。中野区の年間のたばこ税は20億円程度であるが、人口1人当たりに換算すると6000円程度になる。しかし千代田区においては人口一人当たり42000円であり、中野区の7倍となる。
千代田区民がたばこを7倍買っているわけもなく、千代田区民以外が千代田区でたばこを買っていることが原因である。どこで買い物をするかは各自治体の経済循環に大きな影響を及ぼす。
図13の千代田区の地域経済循環図の支出の民間消費額、民間投資額、その他支出ともに「地域外からの流入」が大きく、千代田区で勤める方々の消費、同区に本社機能が集中していることに起因する。

図13 地域経済循環図(東京都千代田区 2018年)
2. RESAS等のデータ分析からの提案
ここまでがRESASなどからうかがい知れた中野の現状で、各自治体はお金の流れをRESAS等で理解した上で、仮説を立てながら、経済対策を講じていくべきである。
(1)中野区の経済の主軸が何とするか指針を示す
中野区の現状を捉え、経済を大きくする最も近道と考えられるのは、オフィス街へさらに変革し、分配、所得を増加させることと考える。上述したが、中野区の企業の給与は他自治体よりも高い可能性がある。自治体として、企業誘致を進めていくべきである。
オフィス街への展望は後日執筆予定であるが、中野区はアニメ産業が特に発展している。中野区はアニメ城下町として進んでいくべきと指針を示し、生産、分配を上げていく必要があると考える。
(2)都内版ふるさと納税で全国への税の流出に抗う
まず中野区で働いている非区民の方々をターゲットとし、できるだけ中野で買い物をしていただく。
現在、中野区では、ふるさと納税で、人間ドッグ、歯医者の受診のクーポンを出しており、評判がいい。通勤地の近くの医療機関であれば、利便性が高く使いやすいということである。全国的に食品などの返礼品が多い中、都内自治体でその類の返礼品を用意することは困難であるため、モノではなく体験型の返礼品のメニューを拡充することで全国と競うしかない。
中野区においては昨年度より、中野区内のみで利用可能であるデジタル地域通貨『ナカペイ』を開発した。これも、ふるさと納税のメニューに加わることになる。
非区民に対しては例えば5%のプレミアムを付与することで、中野区における消費を促すことができる可能性がある。ただし使える店舗、商品は限定する必要はあろうかと考える。中野で稼いだお金を中野で使ってもらう。
区外で出稼ぎしている中野区民にも『ナカペイ』のプレミアムポイントで中野区内における買い物を促す。デジタル地域通貨は現在、店舗のみでしか使用できない。デジタル地域通貨のプレミアムポイントの恩恵に授かるには、通信サイトにおける買い物をやめ、区内店舗での買い物をするしかない。そして、それは歩く行動変容へとなり、健康施策にも通ずる。ただしプレミアムの付与の仕方は分析が必要となる。
(3)地元愛を育み、地元でお金を使う
フェリカポケットマーケティング代表取締役社長の納村哲二氏は自著で、RESASのデータを基に分析されていた(図14)。散布図の第1・2象限は地元でお金を使う自治体を意味しており、湘南~三浦半島エリアの地域が並ぶ。同エリアはよく「地元大好き」という方が多い地域性であり、地元にお金を落とそうという感性が強いのではないかと推測されている。
中野区も「地元大好き」でお金を落とそうというマインドを醸成するため、郷土愛を育む必要がある。近年ではシビックプライドともいわれる。

図14 神奈川県の各自治体の「稼ぐ力」と「消費流出」分析マップ
郷土愛を育む仕組みとしては古くから地元の歴史を好きになってもらうことが王道であろう。中野区においては、江戸時代、中野の住民であった元助が幕府から払い下げを受けた象を飼い、見世物小屋を開いていたが、莫大にかかる餌代を賄うために象の三色饅頭を販売していた史実から、「饅頭を復刻しては?」と議会で提案している。
いくらおいしいお菓子でも歴史、伝統、老舗などのキーワードがなければ、名物となり難い。といえど、この一品で中野の名品とするには厳しいことから、練馬区のようにアソートとする案もよいと考える(写真1)。この方法であれば、中野が誇る有名洋菓子店などともコラボも可能となる。残り7年と迫った区政100周年を迎えるまでに中野区の土産をつくることを区には提案している。

写真1 練馬区のお土産のアソート
(4)新・中野サンプラザが目指すべき真のにぎわい創出
白紙となったが、いずれは建設するであろう新サンプラザのアリーナが担うべき役割について触れる。
私は東京ドームの近くの中央大学理工学部に通い、大学4年生22歳から助手30歳までの期間、週の半分くらいを大学で寝泊まりしていた。東京ドームが周辺経済にもたらす効果を間近で見てきた。巨人戦、旧ジャーニーズのコンサートなどが終わった後は周辺の飲み屋はごった返す。
中野に目を向けると中野サンプラザでコンサートが行われなくなり、マイナスの経済効果について聞くことはない。二千人規模でキャパが小さいこともあるが、演歌歌手、アイドルなどが専らの出演アーティストであった。演歌歌手であれば日中開催で、観客はお茶を飲んで帰り、アイドルオタク、通称ドルヲタは推しのため以外にお金を使わない、そのため経済効果は小さかったと推測する。
アリーナは地域経済に好循環を生み出すイベントをゼロから考えるべきである。

写真2 新・中野サンプラザの多目的ホールのイメージ(白紙前)
3. まとめ
以上、RESAS等から自治体の特徴を分析し、長所と短所を推定し、今後、中野区が検討すべき政策を列挙した。
RESASの取説にも表記されているが、今から新しい産業を作ることは非常に困難であることから、基本的には長所を伸ばし、それが短所をも補うべきと推奨している。縮小している社会のおいて妥当な考え方である。
各自治体は様々なオープンデータを活用し、分析することで、感覚ではなく根拠を持って政策を生み出し、これまで多かった無駄な投資を避けていくべきである。