宇宙全体で生命体の有機物が形成

「人間の生命はどこから起因するのか」というエキサイティングな問いに、天体物理学者は大きく分けて2通りの生命起源説を主張してきた。先ず、地球の生命体は海から誕生したという「地球起源説」。しかし、天体物理学者たちはここにきて宇宙空間に無数に散らばる小惑星が地球に生命体の基礎素材を運んできたのではないかと考えだしてきた。すなわち、地球の生命体は内から生まれたのではなく、宇宙から運ばれた原料をもとに生まれてきたというのだ。まるで栄養剤を入れた注射をするように、数多くの小惑星が過去、地球に衝突することで生命に必要な物質を運び込んできたというわけだ。地球の生命起源問題では、「小惑星起源説」が有力視されてきた。

地球と接近する小惑星2012DA14(NASAのHPから)

そして国際研究チームが今回、「生命の起源は地球にあるのではなく、生命の構成要素は個々の惑星だけでなく、宇宙全体で形成されているという証拠を発見した」というのだ。今回の発見は、小惑星が地球に衝突することで、生命体に必要な有機物を地球に運んできたという説をさらに突っ込んでいる。すなわち、宇宙全てで生命体の有機物形成が進められてきているというのだ。

約138億年前、暗黒の宇宙に通称ビックバーンと呼ばれる大爆発が起き、その瞬間、時間と空間が生まれた。同時に、生命体に必要なすべての元素、水素、ヘリウム、窒素、酸素などが宇宙空間に散らばり、その後、最初の星が生まれた。星の寿命は相対的に短く、スーパーノヴァと呼ばれる爆発が起き、ブラックホールと中性子星が生まれた。インフレーション理論によれば、宇宙空間はビックバーン後、急速に拡大していく。私たちが夜空に見る星の光は過去の宇宙生成を見る瞬間でもあるわけだ。いずれにしても、ビックバーン理論は「宇宙に始まりがあった」ことを証明している。

国際研究チームは、1,350光年離れた新しく発達中の恒星系、オリオン座V883番星で、複雑な有機分子を発見した。これには、生命の構成要素の前駆体と考えられるエチレングリコールとグリコロニトリルという2つの物質が含まれていた。この結果は「Astrophysical Journal Letters」誌に掲載された。ハイデルベルクにあるマックス・プランク天文学研究所のプレスリリースによると、「生命の構成要素は個々の惑星だけでなく、宇宙全体で形成されている」というわけだ。

この見解では、星が誕生後、ある一定の安定状態に達した後にのみ複雑な有機分子が形成されるのではなく、生命の出現に不可欠な複雑な分子の出現頻度と複雑さは、惑星系の形成過程のあらゆる段階で顕著に見られるのだ。これらの分子は宇宙に広く存在し、既に星間分子雲で形成されている可能性がある。そして、新たに形成される惑星系に吸収され、時間の経過とともにより複雑な分子へと進化していくわけだ。

メタノールのような単純な有機分子は、恒星の前駆物質である濃いガスと塵の雲の中で既に検出される。好条件下では、オリオン座V883星で今回発見された物質の一つであるエチレングリコールのような、さらに複雑な化合物もそこで生成されている。アミノ酸、糖、DNAとRNAを構成する核酸塩基など、生物学的プロセスに不可欠なさらに複雑な有機分子は、太陽系の小惑星、隕石、彗星で既に検出されている。

以上、ドイツ民間放送ニュース専門局ntvの科学欄(2025年7月24日)で掲載されていた「宇宙で生命起源の証拠を発見」の概要をまとめた。

科学者はビックバーンは誰が起こしたのか、その目的は何か、等はテーマにしない。現在の宇宙天文学の対象はビックバーン後、生まれた宇宙空間だ。そして生命体の起源だ。最大の謎は宇宙空間を覆っている暗黒物質だ。ひょっとしたら、その暗黒物質は「生命の構成要素は個々の惑星だけでなく、宇宙全体で形成されている」という今回の発見にその謎を解くカギがあるのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年7月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。